あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ペルソナ9 - 2018.02.09(作品)

はる 6136
「この白い面を言語化していただきたい。どのように言語に置き換え、客観化し他者に伝えられるのか見てみたい」

ちょっと考えたので、載せてみます。やっぱり見た物を直接言語化などできないわけだ。どれだけ言い繕っても見えた物以上は嘘になる。ただ言いたかったことは何が自分にとって引っ掛かりを感じたのか、何がいいと思ったのか、なぜこれを作ろうと思ったのかそんなことを自分の中でもう一度フィードバックすることが相手に対して客観的に説明する手助けになるのではないかと思った。そのことを言っているように思う。どうでしょう。

「それについては概ね賛成です☺絵や彫刻を干渉する側に鑑賞の方向を伝える意味ではそうでしょう。ただ、作者と言えど言葉に出来ぬ思いは伝えられないでしょう。だからこそ絵や彫刻などの芸術があるのだし、文学があるのだと思います。榎並さんの言葉より、榎並さんの作品こそ多弁に語りかけていると思います」

 そこのところなのですが、鑑賞者にとっても同じことが言えると思うのです。「いい」と思った自分がそこにいます。なぜいいと思ったのか、何に魅力を感じたのか、言葉では言い表せないその「何ものか」が自分の「分身」なんでしょうね。そこにところを言語化して確認することは鑑賞者にとって無駄ではないと思います。

「作品に感じる何かとは、自分と言うより自分を含めた人を感じる事だと思っています。人という概念は、今そこにいる生身の人ではなく、そこに至る時間を内在した人・人物だと思います。単純に「白い面」更には「面長の白い肌には焦点を持たぬ二つの闇と、問い掛ける事を恐れるような口元が少し歪んで見える」幾分かは陰影も浮かぶが、この作品に近づけるとは思えない。文章に置き換える事が意識を整理する事にはなるが表層でしかなく心許ない。言葉ではなく、文章に置き換える行為は、自らを掘り下げるという意味で良いことだとは思います」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ネットのやり取りは基本やりません。言葉の掛け合いはきりが有りません。ここだけにします。しかし、最後の文章は内容がない気がします。言葉は多いですが、あまり意味が有りませんな。

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ポケットの窓から - 2018.02.08(ポケットの窓から)


はる 6135
 昨日の記事にこんなコメントがついた。
「意思を込めて描くということは案外容易いように思う。よく稚拙な絵というけどこの稚拙って言うのがよくわかりません」

 コメントをくれた方は退職後趣味で絵を描かれる方の様です。あまり上から目線で答えるのも失礼にあたるので答えるのは難しい。こんなふうに答えた。
「気持ちを込めて描くことは容易ですが、それを人様に伝えることは容易ではありませんね。無意識に出てしまうのが稚拙さで、意識して出すのが表現(技術)だと思います」

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はる - 2018.02.07(ブログ)
はる 6134
 今日は画像なし。たまにはいいか。

 この間ある人のブログを読んでいてアぁそうだなと思ったことがある。その美術の批評についてだけど、まぁ自分勝手な解釈でかなり飛躍しているようにも思うのだけどまぁ勘弁してくれ。

 我々はある意味で絵画というのは言語化できないものであって、言葉に出来ないから絵にしているんだ、絵にするんだという考え方が根強くある。だからという訳ではないが目の前にあるものを出来るだけ忠実に写生すること、または見えなかったものを見えるように具現化する事が絵画の重要な使命だと考えているふしがある。

 そうではなくて我々が見たり聞いたり考えたりすることは一度客観的に言語化することで、より一層明確に表現として人様に伝えることが出来るのではないか。言葉に出来ない感動というはなかなか人様に伝えることが出来ないのではないか。

 まぁちょっと飛躍するけれど、表現するということをあまり重要に考えていないのではないかな。どうだろう。とにかくむやみに感情表現が不得意で、できるだけしゃべらない説明しないのが男らしいカッコいいと考えられていた社会だからなぁ。むやみに余計な事をだらだらおしゃべりするのは軽薄だなどと思われたようだ。

 絵など言うものは美しいものをただ美しく表現すればいいのであって、それで何かメッセージを表現するなどという事は不可能だとかんがえてはいないかな。そんなふうには教えてもらわなかったな。

 むろん絵画には絵画の言葉があるから、言語のように説明は出来ないのだけど、言語よりダイレクトに伝えることができることもあるように思う。

 とにかく一番大事なのは表現ということであって、何かをメッセージとして伝えるということで、でなければ絵を描く意味は半減するだろうな。海外の人たちのこの自己を表現するという貪欲な姿勢は少しは見習ってもいいかもしれんな。同じ絵画を並べた場合、日本人の作品は小奇麗だけで何も伝わってこない。海外の作家の作品は不器用だけれど何かがガンガンと伝わってくる。これは表現という意味の違いのように思うな。

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タオ展  - 2018.02.06(ポケットの窓から)


TAO展 2018 2/8~2/13 甲府・ハーパーズ・ミル
はる  6133
 絵を描いて生きて行こうとは決めていたけれど、絵描きという職業に就きたかったのかどうか、大体なりたいと言って成れるものでもないだろうし。昔の徒弟制度のようにどこか親方について修業すればいつかは独立できるというような仕事ではないだろう。

 例えば、風景写生が好きで得意で旅に出て絵になるような場所を探して何枚かスケッチする。それを何枚か集めて展示会をするとする。まぁ場所を変えることで何枚でもバリエーションは描けるわな。そうやって少しずつお客さんを増やして知名度も上がってくればそこそこ仕事として職業としての「絵描き」はやって行けるかもしれん。最初は二束三文でもどこそこの団体で受賞したり、会員になったりすれば知名度も単価も上がってきて裕福ではないが食べては行けるかもしれん。でもそんなことをやりたいのかなぁ、確かにサラリーマンやってるより自由はあるし、気楽には見えるけど、高級だけどそこらの街の似顔絵かきと基本変わらん。これが一生かけてやりたいことかなと思ったわけだ。

 それでも人様に観てくれた人に感動を与えることはできるわな。例えばあぁここに行ったことがあるだとか、絵のように綺麗だねとか、ここを知っているだとか。でもそれだけだな。それ以上は難しい。

 私がやりたかったことは、出来るかどうかは別にして、まず何よりも絵に自分の生き方を乗せたかった。自分の生きざまをそっくりそのまま乗せて、私が人様に伝えたかったこと、感じたこと、人生の儚さや楽しさ面白さを絵の中に乗せてみた人が同じように楽しんでもらいたい。私があーだ、こーだと考えたことを、見た人も同じようにあーだこーだ考えて心の中を旅してもらいたい。絵が仲立ちをして共に時間旅行して欲しい。

 それは何だろな、絵描きというより表現者。かっこつければ詩人とか夢想家とか思索家とかその方が断然に楽しいしやりがいもある。そうやって生きて行ければ本望だな。

 

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今日のアトリエ - 2018.02.05(ポケットの窓から)


はる 6132
 自分は絵が得意であると自負したのはそれよりずっと前、幼稚園に上がる前の事だったきがするな。ある日外から家に帰ってくると真新しいクレヨンとスケッチブックがちゃぶ台の上に置いてあった。当時の我が家の家庭事情で食べる事以外に子供に小遣いをあてる余裕はなかったはずだ、にもかかわらず新品のクレヨンが私のために買われていたという事が画期的なことだったのだな。後にも先にもこれ以外覚えていない。今の子供たちはある意味かわいそうだな、物があふれているのでどれが自分にとって大切なものか判断ができにくい。

 そこから想いでは飛ぶ。幼稚園の学芸会の話。これは前に書いたので再掲載する。
はる 4221
 あれは幼稚園に通っていたころだ。幼稚園などというところはたぶん当時も今もあまり変らないのじゃないだろうか、お話を聞いたり、お絵かきしたり、お遊戯したり、お歌を唄ったり、そんなことで一日が過ぎてゆく。

 年に一度の学芸会のようなものがあって、秋の虫の音楽会というふうなテーマだった。それぞれが何か虫の被り物をしてカスタネットやタンバリンを叩いてがしゃがしゃやっていたのだ。そのバックに大きな模造紙で色々な虫の絵を描いた。

 女の子だったけれど、カマキリの絵を模造紙いっぱいに大きく描いた。みんなはそれはそれ幼児っぽい何かを描いていたのだろうけれど覚えていない。それを見て私は子供心に度肝を抜かれた。というのか、こんなやり方があったのかと非常にショックを覚えたのを未だに良く覚えている。

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ささげもの - 2018.02.04(ポケットの窓から)


はる 6131
 小学校に美術の専科の先生がいるのは神戸と東京だけだと聞いたことがある。嘘か本当か調べてもいないけれど、確かに私の小学校には美術と音楽の専科の先生がいた。子供ながら芸術は特別なんだという意識が芽生えたのは当然のことだな。どういった訳でそんな採用がされたのかは知らない。あらゆる教育の中で役に立つ、便利だ、是非とも必要だといった即戦力として利用できる学習だけを優先しないという心掛けがうれしい。

 まぁそんなことを書こうとしたわけではない。その時の美術の専科の先生は大西先生といった。そうだな子供から見るとおじさんだったけど、今から考えるちょうど脂ののった40代ぐらいの先生ではなかったか。小学校の低学年では担任が美術を教えていた。高学年の4年生ぐらいから専門の先生がついたように思う。

 なぜそんなことをよく覚えているかというと、大西先生はとにかく私の作品を褒めてくれた。他に私から見てとてもかなわないと思った作品を差し置いて私の作品をとにかく見本に選んでくれた。だからわたしも其れに答えるように精一杯の作品を作った。そうなると美術はほんとうに待ち遠しい授業になる。隣のクラスで今週はこんなことをやったという情報が入ると、家に帰ってそのシュミレーションをして如何に先生を驚かすアイディアを考えるか、そんなふうに待ち構えていた。運動会や何かで授業がつぶれるとほんとうに悔しい思いをした。待って待ってやっとその授業がまわってきた時はワクワクが最高潮で先生の説明など上の空、それもそのはず、何日も前からシュミレーションしていたからね。

 全校写生大会が年一回あった。これは今もやっているのだろうか?全校生徒がスケッチ道具と画板と弁当や水筒をもって近場の公園などに一日掛けで出かける。校外学習、遠足と写生を兼ねたような全校授業だった。これも嬉しかったな。自分では失敗作だと思った作品でも上位入賞した。他の科目はさておいて美術だけは得意だと勘違いしても仕方ないだろう。

 兎にも角にも私の人生の中で私の作品を「いい」と言ってくれた最初の大人は大西先生だった。私から見て上手な他の作品を出し抜いて私の作品を「いい」といってくれた、その理由はいまも分からないのだけど、なんだろう。何かわからないけれど何かあると勘違いしても仕方ないな。そう、そうやって今の私がある。先生の責任は大きい。


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今日のアトリエ - 2018.02.03(ポケットの窓から)


はる 6130
 「弘法筆を選ばず」ではないですが、私の道具はほんとうにボロイです。基本的に道具には凝りません。道具だけではないかもしれませんね。ほとんどの物にこだわりが有りません。身近にあるもので道具になるような物があればそれを使います。筆は生徒が残していったあまりもんで充分です。そしてちびてボロボロになるまで捨てません。絵の具を溶く皿は紙皿でこれも何年も使っていますから、余った絵の具がそのまま皿の形で固まっています。かなりの無精もんです。その代り筆は必ず毎回洗って干します。そうしないと長く使えないからからですが、それだけですかね。

 絵を描くことが好きな人は絵描きには向いていないのかもしれんな。最近そんなふうに思う。道具に凝って技法に凝って下地に凝って細部の描写に凝る。日本人の絵描きのほとんどが凝り固まった唯我独尊の世界に入り込んでいる。またそれをありがたがって周りが誉めそやすから余計にそんな絵ばかりになる。まぁこりこりに凝り固まる気持ちもわからんではないが、どうだ俺の凄さをみてくれ!みたいなものばかりだとげぇーとなってしまう。人が観て入り込める余地がない。完璧なんだな。私には無理。

 私のはすべてにおいていい加減である。出来るだけ何事にもこだわらない。絵も最後まで完璧には仕上げない。途中で飽きてしまうからだけど、綺麗に塗りこむことはしない。セザンヌの塗り残しなどとほざいてはいるがその実は飽きっぽいのかもしれん。そんなんでいいのかな。。

 とりあえずこのブログは毎日続いている。これだけはマメだな。

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今日のアトリエ - 2018.02.02(ポケットの窓から)


はる 6129
 何だかよくわからない熱が最近でます。インフルかなと思ったのですが、次の日には比較的元気になるのでそうでもないみたいです。二か月に一回は定期検診受けているので大それた病気ではないとは思っているのですが、ちょっと気になりますな。新しくした薬が合わないのかもしれませんね。

 今日は確定申告に行きました。毎年の事ですがそこに行くまでが大変です。収支が合いません。どうやって暮らしているのやら。。

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今日のアトリエ - 2018.02.01(ポケットの窓から)

一日寝ていました。明日は大丈夫でしょう。

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今日のアトリエ - 2018.01.31(ポケットの窓から)


はる 6127
 パス 風邪ひいたかな。

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画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

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