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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

この午後の優しい光をどこで見たのか思い出したからだ。 - 2005.02.04(日記)
はる 1327
 昨日は節分だった。恒例の豆まき、いわしの頭をヒイラギに指して玄関先に飾るなんてことを,大真面目に毎年やっている。

 巻きずしを買ったら磁石がついていたので何じゃこりゃ、グリコのおまけじゃよくあるけれど、まき寿司に磁石?と思っていたら、何とかの方角にむいて丸かじりすると福が来るだとか、まんまと何処かの占い師に乗せられている。オイオイ適当なこと言わないでくれよな。

 寒いので空気が澄んでいるのか、空が綺麗だ。
最近はやや朝の散歩もサボりがちで、そうやって一日さぼるとまた次の日も出にくくなる。そんなことは百も承知なんだけれど、朝は布団が恋しくて、ついついグダグダとくじけてしまう。

 えいやっと飛び起きて、ザクザクと霜柱を踏んで歩き始めると、血がめぐってきて快いあたたかさが体全体を包む。やっぱり朝の散歩はいいなぁとそのときは思うのだけれどな・・。

 冬場の午後の光は優しくていい。ただすぐに暮れてしまうので、感傷にひたってる暇もない。あれよあれよと山の端にかかってしまう。盆地は日暮れるのもはやい。

 自分が生まれた時刻というのも聞いたことがないのだけれど、ひょっとすればこんな黄昏時だったかもしれない。どこでも見る風景だけれど、妙に懐かしく心打つ。


 まだ、小学校に上がる前だから、かれこれ50年ぐらいたつのかな。神戸の西の端、霞ヶ丘という小高い丘の上の小さな借家に家族七人がゴチャゴチャとやかましく住んでいた。

 家は貧しかったけれど、その家の二階の屋根から見下ろす風景は値千金だった。遠くに白と赤の灯台が小さく見え、瀬戸内海を行き交う船がおもちゃの汽船のように見えた。

 だらだらと坂を下っていくと小さな繁華街になった。いつも通っていた古い目医者さんがそこにあった。家族の中でどうして私だけが目医者に通っていたのか、いまいちよく分からないけれど随分とながくかかった覚えがある。

 往復のバス賃を近くの駄菓子やで使ってしまって、しかたなくとぼとぼと歩いて帰ったこともよくあった。

 鬱蒼と繁った庭木のなかからピアノの練習曲が聴こえたり、黒板壁のコールタールのにおいなどをかぎながら帰ってゆくのは結構楽しみだった。
 
 なぜこんなことを思い出したかといえば、この午後の優しい光をどこで見たのか思い出したからだ。そのことはまたいつか。



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