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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

今日のアトリエ - 2024.03.10(ポケットの窓から)

今日のアトリエ
こんな絵を描いてる。
、、、、
 昨日の福岡さんと坂本龍一との対談の続き。とても難しいので間違えているかもしれませんが、恥じらいもなく書いてみます。
 自然(ピュシス)というものの実態は混沌であり、絶えず揺れ動いて崩壊と生成を繰り返しながら均衡を保っている。太古から人はその自然から都合の良いものだけを取り出して、法則やことわりを見出して来たけれど、本来の自然というのはそういった排除し残された混沌の部分にこそあるのではないか、ということだな。なんとなく理解できたことだけ。
 坂本さんも同じようなことを言っていた。要するに音楽の元をただせばいわゆる音であって、ありとあらゆる音がこの世の中にはあふれている。それをある種のロゴス的なルールでもって淘汰して並びかえたのが人類にとっての音楽となった。西欧型でいうならピアノなどの平均律という事になる。しかし、それ以外の音たちは雑音になってしまったけれど、(ピュシス)自然を表現するにはそういった人為的に取り出した音だけではできないのじゃないか、今まで雑音として排除されてきた音たちも必要ではないかということで色んな音を採集して新しい作品を作っていた。
 で、我々の仕事とリンクして考えると、都合の良いカタチや色など作画のノウハウというのはある種ロゴス的な理性の仕事と考えられる。人の顔や骨組みは決まっていて変わりようがない。そうやってまぁ学校などで教えられる。しかし、もっとこう万物の成り立ちや自然そのものを表現しようと思ったならば、そういった決まりきった方法ではなく、絶えず動いて壊してまた作り直すみたいな、偶然とか勢いなどロゴス的でないものの方が正しいのではないか?まだ学校に上がる前の子供の絵や、アールブリットやアフリカの土着の人々の絵画やオブジェにこころ惹かれるのは西欧型の理性やロゴスが取り逃して来た本来の混沌とした表現がそこにはあるからではないか。
 もし我々が世界を丸ごと表現しようと考えたならコンピュータやAIに載っていないような情報や取り除いてきた雑多な雑音さえも含めた混沌そのものを見詰めることなんだな。そんなことを思った。



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