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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

表現について - 2024.02.18(ポケットの窓から)


24/2/4
ラフクロッキー
、、、、、
 モデルさんを見て実際に描写するクロッキーはモデルさんとの対話のようで楽しい。このモデルさんは美大出身なので壺を心得ていて、これでどうだ?と挑戦してくるようで、そのかけ合いが楽しい。
 描写することと表現することの間には大きなギャップがあるように思う。表現するにはこれと全く違う能力が必要だ。その事について少し書くかな。

描写できる能力と表現する能力は違うものでないかと最近思う。まったく美術教育を受けたことがない無垢な描写が心打ったりする。美大などを優秀な成績で出た人が絵を辞めてしまうのはそういうことも関係しているのではなかろうか。だからといってクロッキーやデッサンが必要ないといっているわけではない。前にも書いたけれど、凡夫の我々はデッサンを意識しなくなるまで何も考えずに描くしかない。
 人は常に何か考えてはいる。目に映ったことから走馬灯のように次から次と言葉の断片が流れて行く。まぁそれは考えているとは言わないけれどね。しかし、何か系統立てて考えようとすれば書きながら、メモを取りながら、描きながら考えるしかないように思うな。堂々巡りにならないためにはそういう方法しかない。
 さらに表現という事になると、自分の源泉(オリジン)をたどって何かを掘り起こしてゆくしかない。誰かの注文で描く絵と、自分の意思で描く絵とは根本的にちがうのはそこのところだ。それが絵になるか、文章になるか、詩になるか、音楽になるのか表現された形は違うのだろうけれどね。最も根底にあるものは人間の存在の不安みたいなものか。
 絵が上手くなっても、楽器が上手に弾けるようになっても表現するものが何もないならそれはただの機械と同じだな。やがてAIに替わってしまうだろう。仏作って魂入れずってやつか。ただ奇麗なだけの、上手なだけの絵を描いても人の心を打つことはないのではないか。そんなふうに最近は思う。



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