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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

日曜礼拝 F4 - 2023.11.24(写真)
日曜礼拝pnbb
山梨新報 11月コラム
 「犬馬難鬼魅易」 
 画家の松田正平が、よく書いた言葉に「犬馬難鬼魅易」(ケンバムツカシ キミヤスシ)というのがある。鬼や妖怪など、この世にいないものを描くことは容易で、犬や馬などの平凡なものを描くのは難しいという意味です。そうですね、今は美人画などの超リアルな絵画以外、具象的な意味の分かりやすい絵はちょっと肩身が狭いですね。
フェイスブックやインスタグラムなどのsnsを見ると、外国の多くの作家はほとんど抽象的な大画面を気持ちよくすいすいと描いている。気持ちはよくわかる。やっていることも理解できる。かっこいいと思う。でも羨ましいとは思わないな。前にも一度書いたことがあるのだけれど、絵画世界というのは一つ一つが閉じられた世界であって、そのなかで完結していればどのような形であってもいいのだ。何故なら自分が創造主であるからだな。くだけて言えば好きに自由に描いていい。故に本質的に抽象も具象もない。まぁそのことはまたゆっくり書こう。
で、私は今あえて具象をやろうと思っている。その方が自分に合っているのかな。日本の具象絵画の歴史を振り返ってみると、今の精密画でない具象画の歴史がある。
藤島武二や安井曾太郎、梅原龍三郎などがやろうとしていたことは油彩を使った洋画ではない和画を目指していたように思う。それは西洋画の具体的なリアルな絵画ではなく、曖昧な具象画とでもいうのかな。三岸節子とか脇田和、国画の須田剋太、香月泰男、松田正平、島田章三などなど。今の時代では古いのかもしれないが、私はそこらへんに日本人としてのオリジンがあるのではないかと思っている。
日本人の根源に近い話なので、やや専門的な作家の名前が出てきました。しかし、日本人の洋画を理解する上では必ず出てくる作家なのでお暇な折にでも検索してみてください。
 話は最初に戻るのだけれど、画家の仕事というのは二通りあるように思う。一つは見えないものを見えるようにすること、もう一つはよく見えていなかったものをよりよく見えるようにすること。
鬼や妖怪とはいわなくても目に見えないものはたくさんある。宗教的な霊感とか美そのものなど、何かしらの雰囲気、物語を描くことも有意義なことだ。特別なことではなく、ごくありふれた日常生活から取材して、気が付かなかったこと、見過ごしていたこと、些細な出来事をテーマに絵にするというやり方。まぁ私は両方あってもいいかなと思うのだけれどね。「犬馬難鬼魅易」というのはなかなか含みのある言葉だ。

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