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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

日本民藝館で「朝鮮の民画」を観た。 - 2006.10.23(日記)

はる 1950
 昨日は東京に出てました。で夜遅く帰ってきて、そのまま時々出かけるお店の若い子の送別会に呼ばれていたので、顔だけ出した。結局午前様になってしまったので更新できませんでした。まぁそういうこともあるでしょう。基本的に後日書き込むことはしないことにしています。臨場感が薄れるのでね。

 何を観てきたかというと、まず駒場の日本民藝館で「朝鮮の民画」を観た。その後国立博物館で「仏像」展を見て来た。でおなか一杯になった。

 最近は本当に観たいと思う美術展がない。例えば新聞で紹介されている個展なんかでも、全く触手が動かない。どうしても観たいとは思わないのだな。

 特に「現代美術」的なものには何も感じない。私の感覚は多分もう現代には生きていないのかもしれないなぁ。どちらかと言えば壁画とか仏画とかイコンとか、骨董みたいなものに興味がひかれる。

 まぁ「現代美術」が良くないとは思わないのだけれど、私にはわからない、理解できない、いいと思わない、趣味じゃない、ということだろうか。あしからず。

 何だかよく分からないのだけれど、何が違うのか、そこらあたりのことももう少し考えてみたい。また次回にね。


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2006第20回個展によせて 

 

          「うつろふもの」       榎並和春

 

 モンスーンは水の中だ。そこに住む我々もまた水の中にいる。

 

「水」は様々にかたちを変える。どう変わっても水であることは変わらない。それはある意味頑固で、自由自在だ。

 

周りを海で囲まれた我々は「よきもの」は外からやって来るものだ、と考えて来た。遠い昔で言えば「客人」(まれびと)であり、「唐物」「ハクライ物」であったし、最近で言えば「アメリカン」だ。我々のどんなものでも取り込んでしまうバイタリティーは水のもつ順応性から来ているのかもしれない。

 

異なった文化というものは混ざり合って新しいかたちに変わる。我々はいつもそんな混沌の中にいる。我々の文化の真髄は「うつろふもの」にある。

 

 世界には色んな民族や人種がいて、そこで生まれた風習や文化は、その地方の自然を違う形で表したものだ。

 

 風のように吹かれ、雲のように流れる。そういった「うつろふもの」のなかに自分自身をみている。

 

そんなことを考えながら、今年もまた色とかたちと言葉であそびました。一緒に楽しんでもらえると嬉しく思います。

             榎並和春個展

      ~うつろふもの~

   2006 11/18(土)~11/26(日)11/22(木)休廊

甲府・ハーパーズ・ミル 甲府市東光寺町1346 電話055-233-3157

 

**********************  招待状 ***********************

オープニング企画

          藤原一弘とその仲間による古楽コンサート

    今年は藤原さんたちの古楽の楽しい演奏をお楽しみください。

      ご都合がつきましたら、お気軽においでください。お待ちしております

      2006 11/18(土)PM700

      ハーパーズ・ミル・ギャラリー

      (無料・要予約・榎並まで) 

         甲府市******** 榎並和春 電話********

                                                       *****@***********



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