
人物を描いた場合、どうやっても他人は顔の表情を見る。他の部分がどんなに描けたとしても顔の部分がいまいちだと作品自体がいまいちとなる。奇麗に描け、上手に描けという事ではない。魅力的な顔が描けるかどうか、すべてはそこに集約される。
私は顔を描く時も何も見ないで描くようにしてる。デッサンや下絵を描いて描写系の絵画が人気だけれど、描写することの面白さや醍醐味は充分理解しているつもりだ。それも一つの絵画の方法ではあるけれど、何かそれではない方法があるのではないかと思っている。
最近村上春樹を読みなおしている。驚いたことにほとんど内容を忘れていることだ。歳をとるというのはそういう意味では毎回新鮮な読書が出来ていいかもしれない。話はそれた。
「海辺のカフカ」を読み終えた。彼の作品に共通するテーマとして「あちらの世界」の存在というのがある。この間の最新作「壁を・・・」にはしっかりと書かれているのだけれど、あちらの世界もこちらの世界も結局は両方とも自分自身なんだよということを繰り返し言っている。
私の作画の動機と何か共通するモチベーションを感じるのだな。恐れ多いことですが・・・