
はる 8051
1986「ほうき星」油彩F3
個人蔵
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「街とその不確かな壁」村上春樹
村上春樹の最新の長編を読んだ。大体において彼の作品は長編が多いのだが、今回の著作もご多分にもれずかなり分厚い。それも細かい字でびっしりと書かれている。長い物語が不得意な読者はそれだけで食傷してしまうだろう。私は自分の土俵に置き換えて読んでゆくので、普通の読書ファンとは少し違う読み方なのかもしれない。
主人公とその彼女が想像上つくった架空の街がある。架空の街だから何とでもできるのだが、実はそれがそうでもない。架空だからこそしっかりとしたルールが必要である。でなければ架空上でも存続できなくなってしまう。まぁありとあらゆる創造の世界というのは、本人だけのルールで出来ているのだが、それを説明することが案外難しい。ここでは夢とか潜在意識といった領分に入り込んでゆく。夢というのは全く自分の知らない世界ではない。たぶんどこかで読んだり、観たり、聴いたりしたことが、複雑に混ざりあって不思議な世界を見せてくれる。それは自分の作り出したものであるにもかかわらず、自分の自由にはならないという摩訶不思議な世界だ。そんな「あちらの世界」と「こちらの世界」を行ったり来たりする話だといえば乱暴すぎるか。
この村上春樹独特の世界を私はどう読んだのだろう。
私の作画法は、最初何も考えずにでたらめに下地を作って行く。派手な色のついたプリント地をあえて貼りこんだり、こんなところにこんな厚手の生地を貼りこんでは後で困るだろうなと思う事をあえてやる。そうすることで予定調和ではない工夫が何かしら面白い、今まで考えつかなったようなアイディアが浮かんだりする。そういった場合参考になるものはなにもない。あるのは自分の勘みたいなものだろうか。勘といってしまえば身もふたもない。その勘にも一定のルールがある。誰かがつくったルールで描くのはそう難しいことではない。難しいのは自分が作ったルールで描き始めたら、最後までそのルールで描かねばならないということだ。そこのところが難しい。私の絵は具象画に見えますが、正確な意味で具象画ではありません。実は何も描写していません。ではどんなルールで絵を描いているかということですね。
話は遠いのですが、私たちの元は星屑です。この宇宙の組成と同じもので出来ています。反対に考えると私たちの中に宇宙があります。どこをとっても例え髪の一部でも宇宙の組成というのか、同じ原理原則でできている。実は我々の頭の中にそっくりそのまま宇宙があるといってもいい。絵を描く場合、それとは一切関係のない閉じられた世界を構築しなければならないわけで、他の一切の影響を受けない完全に独立した空間である必要があるんですね。何故なら自分が作った世界だからです。
話がだいぶ我田引水になってしまいましたが、この「街とその不確かな壁」の話も、結局人は自分の創った不確かな壁(ルール)の中で生きてるという物語ではないのかな。