
はる 7513
https://ameblo.jp/e-no4765/entry-12712644174.html美術評論家のi-noさんが今回の個展について書いてくれました。無断で転載しますので、他で引用しないようにお願いします。
ありがとうございました。
「107回榎並和春個展 28日(日)まで開催中(甲府東光寺町 ハーパーズ・ミル)。
今回のテーマは「ブリコラージュ(自作自足)的生活のすすめ」。
人が生きるための工夫、様々な手仕事のことを人類学者レヴィストロースは、「ブリコラージュ」と呼んだ。そして、「自作自足」というのは榎並さんによれば<自作自演と自給自足>を合わせた造語」とのこと。
榎並さんは榎並さんらしく描き・生きる為に、<ありあわせの道具材料を用いて自分の手でものを作る>。これこそが、「ブリコラージュ(自作自足)」にほかならない。
榎並さんの創作方法は独特なもの。 <適当なパネルに綿のシーツを貼り付けるところから始まる。麻布を貼りこんだりダンボールを貼りこんだりして下地を作る。そしてもちろん既成の絵の具も使用するけれど、日本画の顔料から塗料や壁土や砥の粉、墨など使えるものは何でも画材として使用する混成技法という表現方法とる。>
だから、一見、榎並さんの絵はよくある絵とは違うように見える。布や土や、ダンボールの切れ端が見えるし、遠近感も大小の感じも微妙にずれている。でも画面に、歌や、詩の一節、神話のストーリーが現れて、それが画面に新しい意味を生み出してゆく。
(このあたりの<新たな意味の生成>のことは、まだ僕にはよく説明できない。
もっとよく考えたいと思います。)
榎並さんはこう書いています。
<人生の醍醐味は自分で考えて工夫して生きて行くことにあると思う。寄り道、道草、迷い道、色んな場面で悩んで考えて選んで失敗して、挫折してそれでも自分で考えて生きて行くことが面白いのです。格好悪くて、不ぞろいで、有りあわせで、それでも自分なりに考えて、自作自演の人生が楽しければいいじゃないのというのがブリコラージュ的生き方だと思うのです。>
榎並さんまたかつて、こんな事を書いています。
<今現在生きている我々は今、手に入る材料で道具で想いを伝えるというのがまっとうではないかと思うのだ。これが現代美術でなくてなんであろう?>
日々の暮らしの中で、ぼくらは自分なりに工夫してモノを作ったり、直したりして、モノとつきあっている。つまり、ぼくらは日々「ブリコラージュ」を実践している。実はこれも「芸術」、「生きる術」だと言えるのではないか。今を生きる人間が作るんだから、これこそ「現代芸術」だと言っていいはずだと僕は思います。
いざ、ブリコラージュの森へ!」