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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ノマドの家族 - 2021.06.27(未分類)

はる 7362
 山梨新報・七月エッセイ
人生の選択
 学校に東京の美術予備校から分厚い案内状というのか冊子が毎年送られてくる。これを全国の高等学校に送るだけでも大変な送料がかかるだろうと他人事ながら心配する。どこの専門学校や私立大学でも同じだろうが、これから少子化で学生を確保するのが大変だろう。潰れるところもでてくるかもしれん。こうやって見栄えのいいパンフレットや冊子をお金をかけて作るのはその努力の表れだろう。一企業と考えるなら分からないでもない。
  パンフレットを見るととんでもなく上手い連中だよ。ここまで描けなければ入学できないのだとすれば、そりゃ焦るわな。指導する先生方もずらりとエリートが並んでいる。これは受験勉強と同じだな。いや受験勉強より過酷だよ。何というのかな、いい生活するためには少しでもいい学校へ、いい会社へというのとまったく同じ論理なんだな。図る物差しがないから余計に難しい。しかし、そんなところと違うところに人生の醍醐味はあるのだけどね。
 17、18歳は人生の選択の時だな。そこでの選択は後の人生に大きくかかわってくる、失敗は許されない。と親や先生は脅かしてくるけれど、そんなもの17や8で分かるはずもない。そういう先生も大した人生を送っている訳じゃないだろう?なぞとうがった見方をしてしまう。そんなことより長い旅にでるなりボランティアに明け暮れるなり、色んな職業を転々としてみるなり、若い時にしかできないことを経験した方がいい絵が描けるように思うな。長い目でみれば経験したことは決して無駄にはならない。作家という仕事は人生の最後まで取っておいてもいいかもな。そんな人生も楽しそうだぞ。
 私もここまで二度ほどぷー太郎になった。もっとも正業に就いた方が短かったのだが。
無職というのか、どこにも属さないということは、そうあることではない。学生ならどこかの学校に、会社なら会社、浪人生でも予備校や出身校に属している。生まれてこの方、何者でもない素のままの自分と対峙することは、ほとどんどなかったわけだな。ちっぽけな裸の自分というのを知る切っかけとなる。
 そうだな。大体絵描きという仕事自体よくわからない。絵を描く職人になりたいとか、アニメーターになりたいとか、漫画家になりたいとかいうのであれば話はわりと簡単だ。そういった専門学校にでもいって腕を磨けばいいし、それよりもどんどん描きまくればいい。私はそうなりたいと思ったことは一度もない。絵を描くことが寝食を忘れるほど好きでもない。ただただ怠けていたかっただけじゃないかと推察する。
 今でこそ表現者などという適当な言葉を当てはめているけれど、二十歳すぎの若造に生き様などあるはずもない。兎に角自分がどうなりたいのか、皆目分からない。多くの人がそんな深く考えることなく人生を歩んでいることが羨ましくもあったな。自分は何も決められないどうしようもない愚か者のように思われて仕方なかった。
 ここまで書いてハタと思った、もう人生残すところあとわずかになって、結局未だに何をやりたかったのか分からないのだな。諸君慌てることはないぞ。

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