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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ノマドの家族 - 2021.06.09(作品)

はる 7344
 2020「ノマドの家族」F10モノクロ ⓔ混成技法
本人蔵
 この間の文章を手直しして地元の新聞に掲載予定
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映画「ノマドランド」を観た。「ノマド」という言葉はそれほどポピュラーではないけれど、一部の人々の間では生き方として肯定的にとらえられている。簡単にいえば定住しない生き方ということか。定住しないということは定職ももたず、住居も持たないということになる。今の社会において定職や住居を持たない者というのは底辺のさらに下層の部類に属する生活者ということになる。しかし、それを肯定的にとらえるなら、高度に発達した資本主義社会において、何も持たない、とらわれない一種の理想の自由人としての姿が見えてくる。
 多くの人は学校を卒業すると、とりあえず就職する。自分は何がやりたいのか、どう生きたいのかを考える暇もなく、先を争ってリクルートスーツを着て就職活動に精を出す。雇う企業側もできるだけ真っ新な、何の汚れもない無垢な人間を雇いたがる。その人の能力や意欲などはさておいて、とにかく無垢な人ほど洗脳しやすいからだな。
 資本主義の経済活動というのはほんの一握りの資本家と多くの働きバチによって成り立っている。働きバチはできるだけ何も考えず、無欲で会社のために働いてくれることを建前としている。その代わりに衣食住は心配ないように与えられる。気づいているかどうかは別にして安定供給を担保にして企業や国家に吸い取られ続けているのだな。一度その甘い汁に浸かってしまうと死ぬまで抜けることはできない。
 どう生きても一生だ。いずれは消えてなくなる。そうであるならば、好きなように生きたい。そんなことを気づかせてくれた映画だった。
 もう一つは監督が中国北京出身の若い女性であるということだろうか。政治的な思惑はさておいて、自由という事を少し考えてみたい。
 今、かの国は猛烈に経済的に成長している。他の自由諸国をはるかに凌駕する勢いだ。そんな中から彼女のようなある意味反体制的な文化人が出てくるが興味深い。社会が豊かになれば飢えることなく生きて行けるようになるのだが、生きる目的や意義を見失ってしまいがちなんだな。生かされているという圧迫感がぬぐいきれない。貧しくとも自分で選んだ道を生きたいと思うようになる。それが自由という事だ。
 かの国はそういった思想を徹底的に排除して今の完璧な体制を築いた。皮肉なことに、完璧に高度なシステムを作り上げた時点で、人はそんなことを望んでいなかったことに気づく。人間とは天邪鬼なものだな。中国の古代の老荘思想には無為自然という本質的な自由という思想がある。実は我々が最終的に望んでいた生き方というのは、豊かな物に囲まれて何不自由なくいきることではなく、何物にも縛られないあるがままでいることだったのだな。実際のところ解放される前の貧しい農民の生き方の中にこそ人の幸せがあるように思うのは私だけではないだろう。
 グローバル化が進み、世界中が共通の価値観でより豊かな生活を求めた結果、格差は広がり地球環境は最悪なものになった。コロナ禍の今人類は新しい物差しを求めている。どう生きるのが幸せなのかという本質的な問いかけを聞いた気がした。


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