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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

人は自分の与えられた道具(才能)で絵を描く(仕事をする)、 - 2006.08.15(ポケットの窓から)
NEC_0031.jpg

写メ :陽光

朝は素晴らしい天気だった。「ピカドン」のようだな。そうそう今日は終戦記念日だった。


はる 1883

 デッサンといえば、誰でもがアングルやラファエロを思い浮かべる。もし私が彼らのように描けたら、今の様な絵は描かなかっただろう。(無論それは無理な話だけれどね)


 人は自分の与えられた道具(才能)で絵を描く(仕事をする)、反対にそれでしか仕事はできない。それが分かるまで随分と遠回りするものだ。


 毎年個展をするようになって、15年くらいになる。最初はそれなりに取材(デッサン)をして作品を作っていた。そうやって作品を作るしかやり様がないと思っていた。しかし、毎年やっているうちに次第にネタがつきてくる。大事なことに描いている自分が面白くなくなってきたのだ。仕事だと割り切れば続けられなくはない。けれど「自分は何のために定職を持たないで絵を描くことを選んだのか」もう一度考えてみる必要があった。


 綺麗な花や風景をそれなりの技術で表現して行く、もちろんそういった絵描きがいてもいいし、多くの場合「仕事」として割り切るならば、そういった作業の方が仕事にありつける。まぁ私はそういった技術が未熟だったということもあるけれどね。


 芸術家というのが曲者だ。花や風景や壁の飾りを書いて芸術なの?私は何がやりたかったのでしょう?


 絵は自己表現というけれど、どれだけの人が自己というのが分かってかいているのだろうか。自分だけの為に描いても、例えそれが素晴らしい絵であっても一人だけで楽しんでもつまらない。自己満足にはなるけれどね。


 出来るだけ多くの人に共感してもらいたい。そのためには自分の今の素直な気持ちを吐露しなければ、伝えることはできないのだな。恥かもしれないけれど、自分の今を晒す必要があるんだな。


 ちょうどその頃海外に行くチャンスが巡ってきた。そのことはあちらこちらで書いた。一年間制作から遠のいた。油彩画という西欧の本場にいって、遠近法や明暗法、西欧型のリアリズムをまのあたりにして、はっきりこれは私にはないと自覚した。


 帰ってきてまずやったことは油絵の道具をアトリエから追放したことだ。もう西欧型の絵を描くことはないと思った。


 絵の描きかたを根本的に変えた。私が積極的に描くことはなくなった。画面のシミや絵の具のムラから喚起される感情にゆだねることで、私の中に眠っている「何か」を発見するのだ。それは「私の」でもあり「あなたの」でもあるように思うのだ。


 まだまだ書き足りないきがしますが、とりあえずこんな所で。又書きます。



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