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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

初仕事 - 2021.01.05(ポケットの窓から)






はる 7189
 1988年に初めて銀座で個展を開催した話はすでに何度かここで書いた。繰り返しになるかもしれないが、大事なことなどでもう一度書いておこう。

 日本のバブル経済は1986年から始まって90年にピークを迎えて1991年で終わっている。時代の空気というものはそのただなかにいるときは見えないものだ。当時この好景気が破綻すると予見していた人は一体どれくらいいただろうか。いや確かにこんなのは長続きするはずないとは感じていたけれど、それを口にするのははばかれる雰囲気だった。

 株価が異常に上昇して真面目に町工場で一本いくらで仕事するのが馬鹿らしくなるような好景気で、工場をたたんで投資に切り替えて大儲けした話がそこかしこで聞かれた。土地がこれまた異常に高騰して都会の土地は使うのではなく投機の対象で倍々に膨れ上がった。みんな何となく浮かれていても、こんなのはいずれおかしくなる、今だけだとは薄々感じていた。それでも日々の生活はどことなく好景気にわいていた。

 時代の変わり目というのはおかしなものだ。1989年に昭和が終わる。もうその頃は昭和天皇が危篤になったり持ち直したりでいつ昭和が終わってもおかしくない「自粛」というのが流行りになったりしていた。日本だけでなく世界に目をやるとベルリンの壁が崩壊したのが同じ年だ。別に日本の昭和の終わりに合わせたわけではないのに世界は大きく変わった。

 私は絵を描いているので、その当時を振り返るのにどんな絵を描いていたかで推し量ることが多い。最初に戻れば1988年に銀座で初めての個展を開催している。時代的に言えば日本はバブル真っ最中という事になる。

 1990年に私の代表作で県立美術館に収蔵されている「平均律」を描いている。それと国画会に初めて出品したのが同じ年だ。そう考えると大体の時代の様子が透けて見えてくる。

 時代がバブル景気に浮かれていたので、ご多分に漏れず色んな地方で箱モノの美術館や企業などの冠をつけたコンクールがそれこそ雨後の筍のように開催されていた。若かった私もそれに踊らされないわけがない。一躍世の中に認められるには大きな冠のついたコンクールで少なくとも入賞するか、大賞を取ること、それが最大の目標に日々絵を描いていた。今から考えるどうにも浅はかな自分の道を踏み外しかねない大それたことを考えていたものだ。

 つづく

















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