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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

- 2020.02.22(ポケットの窓から)


はる 6869
 それでは具体的に必要なセンスというとなんだろうか。ここに一本の線が必要だという感覚はどこから来るのだろうかね。センスと言ってしまえばそれですべてが終わってしまう。それを何とか分かりやすい言葉に変えたい。

 一番手っ取り早い方法は、回り道のようだけれど絵を描くことなんだな。なんだ、それじゃ答えにならんと思うかもしれないけれど、芸事というのは教わって理解できるものと、どうしても感覚的に自ら習得するものがあるような気がする。ある程度までは教えることはできるけれど、胆の部分は自分で習得するしかないな。

 しかし、それでも言葉にするとどうなるか。セザンヌの絵画理論は絵画とは一定の法則に従って色や形を組み合わせたものということになるかな。これは私なりに解釈したもので違うという人もいるかもしれんけれど、そのまま行きます。

 で、この一定の法則というのが大事であって、抽象であれ具象であれその絵画にとって一つの法則でできていればそれでいいわけだ。全体が一つのルールで出来上がっているということかな。

 例えば自然の風景を切り取って絵にするとするでしょう。写真などは全くこの世界を一瞬で切り取るわけだ。これと同じことを絵画ですると、絵としては成り立たないことになる。絵画というのは一つの閉じられた世界であってその絵画の外に他の場があってはいけないわけだ。額をつけるのだけれど、額は飾りではない。これは結界なんだな。ここは別の場(作者の場)であって他の法則は入ってこれない場なんだ。そのことを強くいしきすることだ。自然はどこをとってもこの大宇宙の法則で成り立っている。それと同じように自分の描いた世界は作者の法則で成り立っている世界でなければならないということかな。

 初心者の絵を見るとすぐにわかるのは、一つの絵の中に色んな法則が入り乱れて入っています。知ってか知らずかベテランの作家の絵にははっきり意識された一つの法則が見えるのです。絵を教えるという事は技術もそうですが、その人なりの理を見つけることをお手伝いするという事じゃないかと思います。これがなかなか難しいのですな。師匠の法則の押し付けになってしまいがちですが、そうではないのです。


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