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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

引用記事 - 2019.10.26(未分類)

はる 6750
 上田さんていう方の記事。引用します。

『上田 欽一

多くの人がこう言います。
「私には絵が描けないから」
絵が描けない人、というのはいなくて、誰でも絵は描けます。でもなぜ自分は絵が描けないと思うか、というと、絵には「正しい絵」と「間違った絵」があって、自分は「間違った絵」しか描けないから、自分には絵が描けない、と思うのです。
だから、絵が描けるようになりたい、と思う人は、「正しい絵」の描き方を教わりに行きます。
しかし、絵に「正しい絵」と「間違った絵」などありません。そこにあるのはただ「自分の絵」です。しかし私たちのたいていは、「自分の絵」の価値を信じられず、「正しい絵」と「間違った絵」という「社会の決めた評価」の方に従います。私たちは自分の価値を自分以外の他人の判断に委ねているのです。私たちはそうするよう、ずっと飼い慣らされてきたので、この事になんらの疑問も抱かない。
障がい者アートの魅力は、彼らが「正しい絵」と「間違った絵」という社会の決めた評価を気にせず、「自分の絵」を描いているところです。もちろん、彼らにも彼らなりの「正しい絵」と「間違った絵」があって、自分にとっての「正しい絵」目指して切磋琢磨しています。でも彼らの「正しい絵」と「間違った絵」は社会の、自分以外の他人が決めたものではなく、自分で決めた価値です。
実はこの、自分なりの「正しい絵」と「間違った絵」の基準を持つことは、単に障がい者だけでなく、絵を描く人すべてが持とうとして努力していることです。人の決めた価値から離れ、自分で自分の価値を決める。この自分なりの価値基準こそが個性であり、自分なりの価値基準を持っていない人の絵は、どんなに技術が高くても、全く退屈なものに過ぎません。
障がい者アートの魅力は、私たちが長い時間をかけて努力して獲得する、真の意味での個性を、直感的にダイレクトに彼らが獲得しているところと言えるでしょう。障がい者は障がい者であるがゆえに、自分なりの表現を形にするには長い時間がかかるとはいえ、彼らが他人の作った評価基準を経ないでそこに至る道筋は、私たちから見れば、ダイレクト、と言えるでしょう。
もちろん、直感的にダイレクトに獲得したものと、長い時間をかけて、意識的に努力して獲得したものでは、その質に違いがあり、どちらの方が素晴らしい、ということではありません。しかし、障がい者アートが発する伸び伸びとした自由な力の魅力は、個性をダイレクトに獲得出来る事から生まれるのではないか、と私は考えます』

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comment(2)

 
 
この上田さんという方は煎餅やの旦那さんで美術のコレクターでもあるんですね。自身も下手くそな絵を描いています。面白い

 
「おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい。」(樹木希林) 人と比べない、その覚悟ができるか、どうか。

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