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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

シンボルツリー - 2019.03.09(作品)

はる 6521
 そう80年代の終わりから90年にかけてだな。まさに時代はバブル真っ盛りの頃で、沢山の箱モノが作られ、テーマパークという下品な張りぼてのような作り物が世の中を跋扈していた。色んな場所がゴールドラッシュのような有様で、金になりそうなにおいを嗅ぐと有象無象の輩が押しかけてあっという間に骨までしゃぶってしまって、残るのは狸の置物のような役にも立たない残骸ばかりの地方になってしまった。山梨の清里高原などその典型だな。私が来た頃は本当に名前のごとく何もない鄙びた高原だった。金に踊らされた連中が悪いと言えばそれまでだけれど、人はその時代の臭いは分からないということだ。

 その頃私は学校を出て絵で何とかしようと四苦八苦していた。芸術の世界もこのバブリーな風潮に感化されないはずはなく、多くのところで山っ気のある博打のようなコンクールが席巻していた。今でもあるのか月刊「公募・コンクール」などという雑誌さえ発刊されていた。多くの若い作家たちは争ってそういったコンクールに押し寄せた。私も例外ではなく、そんな雑誌を買って同じような絵を何枚も並べて描いて、せっせとコンクールに出品していた。今では考えられないけれどね。

 運よく幸運を引き当てて一躍時代の寵児になって行く身近な人を何人も見た。次は私だと浅い夢を見るのは仕方ない事だろう。代表的なのは画壇の芥川賞と言われる安井賞、直木賞に例えられる日動画廊が主催する昭和会賞、あと銀座の有名画廊が懸賞金を出すセントラル美術館油彩大賞展、今でも最高賞金額の小磯良平大賞展などなど、数えれば両手では足りないくらい多くの有名なコンクールが有った。

 入選倍率は20倍30倍の狭き門だったな。中央の団体展にはない一発勝負の一種のすがすがしさは魅力的に思えた。若いこれからを狙っている海千山千の野郎どもが集まってくるのは致し方がない。その頃色んなコンクールのオープニングパーティで絵はよく知っているけれど初めて作家と会うなんて言う事も多かった。常連で同じように戦っているそんな気持ちにもなった。運よく幸運を引き当てて団体展の会員に引き上げられたり、冠を取ることで箔がついて何処かの大学に引っ張られたりするのをよく目にした。すごろくで言えばそこで上がりで、大体はそこまでで消えてしまう。作家は何処かに飼われてしまえば、殆ど消えてしまう。

 人は流れる時の中で生きているから、その時のにおいというのが見えない。一時の流行り廃りで右往左往するのか人の一生かもしれんな。結局何が言いたいかといえば、コンクールや公募展で受賞や会員になったとしてもそれはその時たまたま運が良かったというだけのことで、長い時を経てみるとそんなものは何の足しにもならない。恥じらいもなく云えば、今の私を支えているのは何者でもない市井の一人ひとりのお客さんだ。コアなファンだ。そういった人々と出会える場があるということだろうか。これが私の今の財産だと思う。

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comment(2)

 
 
はい、精進致します。

 
人と出会えるか。人と出会うに足る自分であるか。大切なのはこれ。

secret


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