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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

「マルテの手記」より - 2006.05.31(日記)
 一行の詩のためには、
 あまたの都市、
 あまたの人々、
 あまたの書物を見なければならぬ。
 あまたの禽獣を知らねばならぬ。
 空飛ぶ鳥の翼を感じなければならぬし、
 朝開く小さな草花のうなだれた羞らい(はじらい)を究めねばな らぬ。
 まだ知らぬ国々の道、
 思いがけぬ邂逅。
 遠くから近づいて来るのが見える別離。――
 まだその意味がつかねずに残されている少年の日の思い出。
 喜びをわざわざもたらしてくれたのに、
 それがよくわからぬため、
 むごく心を悲しませてしまった両親のこと……。
 さまざまの深い重大な変化をもって不思議な発作を見せる
 少年時代の病気。
 静かなしんしんとした部屋で過ごした一日。
 海べりの朝。
 海そのものの姿
 あすこの海、
 ここの海。
 空にきらめく星くずとともにはかなく消え去った旅寝の夜々。
 それらに詩人は思いめぐらすことができなければならぬ。
 いや、ただすべてを思い出すだけなら、
 実はまだなんでもないのだ。
 一夜一夜が、
 少しも前の夜に似ぬ夜毎のねやの営み。
 産婦のさけぶ叫び。
 白衣の中にぐったりと眠りに落ちて、
 ひたすら肉体の回復を待つ産後の女。
 詩人はそれを思い出にもたねばならぬ。
 死んでいく人々の枕もとに付いていなければならぬし、
 開け放した窓が風にかたことと鳴る部屋で
 死人のお通夜もしなければならぬ。
 しかも、こうした追憶を持つだけなら。
 一向なんの足しにもならぬのだ。
 追憶が多くなれば、
 次にはそれを忘却することができねばならぬだろう。
 そして、
 再び思い出が帰るのを待つ大きな忍耐がいるのだ。
 思い出だけならなんの足しにもなりはせぬ。
 追憶が僕らの血となり、目となり、表情となり、
 名まえのわからぬものとなり、
 もはや僕ら自身と区別することができなくなって、
 初めてふとした偶然に、
 一編の詩の最初の言葉は、
 それら思い出の真ん中に思い出の陰からぽっかり生れてくるだ。
 
            リルケ「マルテの手記」より


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