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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ポケットの窓 - 2018.12.01(ポケットの窓から)


はる 6422
 ピアノを置こうと思ったが、上手い場所がない。二階に上がるなら一番いいのだけど、今日見積もりに来てもらった業者はちょっとむりだという。大きな二トンのクレーン付きトラックをみてあぁこれは入らないと思った。それでも果敢に挑戦してくれたが、どうもやっぱり木を切らないと入らないらしい。かなり木が茂って邪魔になるらしい。それだけではないけどな。大体路地がトラックが入るようにはできていない。思案にくれる。

 12月になったのでクリスマスのデコレーションをした。この歳になってもクリスマスは何だかわくわくとする行事だな。日本の歳時記に上手く入り込んでいる。クリスチャンではないのだけれどね。

 今度の新報のエッセイ。むかし書いたものに手を加えた。

クリスマスの想い出

 クリスマスの最初の想い出は今から60年も前になる、学校に上がる前の話だ。近所にクリスチャンの家族が運営する日曜学校があった。私の人生ではこの日曜学校というのがとても重要な位置をしめている。当時の日本の文化的な状況を考慮して考えなくてはならない。まだテレビもなく、唯一ラジオが極普通の家庭では重要な娯楽であったころの話だ。ラジオからは今で言うポップスではなく、親父はよく浪花節を聞いていた。テーブルと椅子ではなく、長い食卓に全員が板間に正座して並んで飯を食っていた時代だ。

 そんな普段の生活の中で、日曜学校の家庭はふかふかのカーペットが敷いてあり、ガススーブがあって異様に暖かだった。近所のガキどもはおやつほしさに三々五々集まってはだべっていたように思う。そこで初めて讃美歌なるものを聴いた。不思議な音楽にこころを揺さぶられた覚えがある。授業の終わりに綺麗な色つきのカードを貰った。今から考えるとラファエロの聖母子像だったのだな。色がついている印刷物はは当時珍しかった。いまじゃなんでもないけどね。異国趣味というのではない。知らない見たこともない世界というのが豊かで途方もなく魅力に満ちているんだな。日曜学校というのはそんな世界を見せてくれる小さな窓だったんだな。

クリスマスイブの寒い冬の夜。日曜学校のメンバーで下町の大きな教会に出掛けた。吹き抜けの高い天井らしい真っ暗な空間に音楽と共に中に入ってゆく、怖いのだけれど見てみたい。今までかつて経験したことがない程の大きなカルチャーショックを受けた。今考えるとどこにでもある下町の小さな教会だったのじゃないかと思うのだけれどね、そういった経験は長い人生でそうあるものではない。

 ミサの事はあまり覚えていない。サンタの格好をしたお爺さんにプレゼントのお菓子をもらったことぐらいかな。しかし、未だにクリスチャンでもないのに聖母子像を描いているのはそんな原点があるからかもしれない。


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