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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ポケットの窓から - 2018.06.21(ポケットの窓から)


はる 6259
 今年はイチジクが豊作だ。しかし、ここから出かけてしまうのでちょうどいい頃にはいないという事になる。とてもとても残念。上手くは行かないモノだ。

 明後日から私は大阪に出張です。またしばらくは更新は写メだけになるかもしれませんね。

 大阪は前の学生だった頃に何年か過ごした町だ。ちょうど二十歳かそこいらの頃で、あまりいい思いではありません。何をやっても上手くは行かなかったし、何かすべての事に腹が立っていたように思うな。若いという事はそういう事かな。

 だから大阪という町にも個人的にいい思いではありません。すごく人が多くてそれこそ猥雑ですっきりしていないという当時の自分を思い出します。何か面白いことがないか?と町中を野良犬のように這い回っていたようなそんな感覚だな。アルバイトばかりに明け暮れていて、学校にもほとんど顔も出さず、どうやったら言い訳しないで学校を辞められるかそんなことも考えていたな。下宿のおじさんに辞めるのはいつでもできるから今は卒業することを考えた方がいいと留意されたことをおもいだした。まぁ結局は何とか卒業したのだけれど、卒業式にも出なかったし、卒業できたかどうかもあとから電話して聞いた。卒業証書は随分後から取りに行った。どうでもよかった。卒業論文は「技術革新と人間性疎外」などという作文だった。その中で述べていたことは、結局仕事とは何かという当時考えていたことだな。今もあまり変わらない。

 仕事をするなら農業か職人しごとしかないという結論になった。とんでもない話だけれど本気で牧場で働こうと考えて北海道の牧場に手紙を書いたこともあったな。返事も来なかった。浅はかな野郎に本気で答える気にもならなかったのだろう。という事で京都で焼き物の絵付の仕事をすることにした。これもまた適当な成り行きでたまたま新聞で職人募集の広告があったからだ。どうしても焼き物の絵付けをやりたいと思った訳ではない。これもまた浅はかだ。その時に大工の募集があれば大工になったかもしれん。そうやって私の人生は偶然に支配されている。馬鹿を絵に描いたような人間だ。「絵など描いていると人生棒に振るぞ」と言われたのもその頃だな。ドキリとした。けれど、そいつはその後すぐに死んでしまった。死ぬなら棒に振ってもいいじゃないかと思ったな。

 二年ほど焼き物をやった。面白かったけどな。覚えは早かったとおもう。元来そういう手先のしごは得意だからな。京都の土産物の焼き物程度の物なら一年もあればマスターできる。そこからが問題なんだろう。如何に本物になるかは、でもそこでは土産物程度の物しかつくってなかった。当たり前だな新聞広告で募集する作業員だもの。嫌になって辞めた。その後の話は又だな。

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