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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

生きがい - 2018.01.29(未分類)

はる 6125
 思想家という言葉はあるが思索家という言葉はあまり聞かないな。思索にふける。ぼーとモノを考える。次から次に浮かぶろくでもない事柄をそれなりに納得した言葉に置き換える作業。説明する。

 私は授業中生徒に作業をやらせながら頭の中ではほとんど他の事を考えている。その時に必ずメモを取りながら考えている。本当は言葉を発して独り言でもいいのだけれど、そうするときっと生徒は気持ち悪く思うだろうから、メモを取ることにしている。とても生徒には言えないことだけれど、まぁ毒にも薬にもならない単に思い付きのメモだったり、次のアイディアスケッチだったりするのだけれど、閻魔帳にはさんである。何枚かたまるとシュレッダーにかけてこの世から消えてなくなる。生徒から見ればいつも何か書いている先生はどう見えるのだろうか?

 さてそんなことはどうでもいい。この輪っかの話だな。むかしからこういった領域の話はあった。必要条件とか十分条件ってね。数学の分野だったけ。でも今の話は数学の話ではない。「君たちはどう生きるのか?」というはなしだよ。まぁ昔からの永遠の命題だけれど、今その本が流行って来てるらしいな。この間漫画本になっているのを読んだ。

 なんだろうな、政治がほとんど今だけの事しか考えていなくて自分たちの票を取ること、徒党の数を増やすことそんな見苦しい争いをやっている間に、どんどん国力が落ちて若い人たちが不安にかられている。仕事は不安定でまともに結婚して家庭さえ持てない状態だ。いやそんな中でも雄々しく生きている人はたくさんいるのだけど、全体的にみてやっぱり停滞しているよな。どこかおかしい。

 基本的には個人的な問題なんだけれど、どう生きるのが幸せなのかということをゆっくり考える余裕がなかったんだよな。国も企業もそして個人も。戦後はモノがなくて追いつけ追い越せで闇雲に走ってきた親父たちの世代があって、まぁ戦争も体験した世代だから地獄をみた人たちだから強かったんだな。そのあと生まれた俺たちはそんな親父の姿にやや批判的だったんだけど、結局何も変えられなくて挫折して親父と同じように猛烈に働いて来たんだな。

 この後の世代は俺たちとは違うね。豊かな物の中で育ってきたからね。有って当たり前の人たちだから。働かない結婚しないという選択も有りになってしまった。そうなると自分の存在ってなんだ。という本質的な問いかけがでてくるんだな。動物として生きる事の意味を見失った民族というのは存在が危ないんじゃないかな。たぶん。

 哲学というのか思想というのか宗教でもいいのだけど、人間の本質を本気になって考える時が来たのじゃないかと思うんだ。

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