あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

今日のアトリエ - 2016.11.09(ポケットの窓から)


はる 5681
 いよいよアトリエから絵が出て行きました。今は玄関前のローカに積み上げてあります。あさって搬入になります。こんなことを繰り返していますが、いつも思うのは個展は準備の段階で終了しています。始まってしまうとほとんど店番のようなパートタイムのおじさんのようです。あとは楽しむだけです。よろしくお願いします。

 スーパーリアルな絵画が今はブームだな。にっこり笑ったブロマイドのようなお姉さんがベッドに横たわってこちらを向いている。そそられるようなポーズだな。しっかりは描けているのだけれどそれに絵画としての意味はほとんどないように思えるな。何がいいのかそんなのが売れるらしい。今コレクターの雑誌は新人のそんな絵ばかりだ。

 それとは別に完璧に作られたオブジェを見せられても同じような感覚を持つ。アフリカの住民の仮面や彫刻を見てもそんなふうには感じない。それに似せて作られたものはどうもやっぱり落ち着かない。偽物という感じがする。どこが違うのかよくわからないのだけれど。

 例えばファンタジー系のイラストがあるでしょう。今はやりのゲーム系のイラストのような映像のような絵画とか一時流行ったラッセンのようなきれいきれいな絵画。あれも結局作家の感性やテクニックをありがたく鑑賞する「凄いな」「本物みたい」みたいな感動の仕方をする。昔の軍艦や飛行機を克明に描いたイラストなんかもそうだけれど、作者のテクニックをありがたく鑑賞するんだな。それが悪いという訳ではないのですが、あまりにも完璧に説明されすぎていると鑑賞者の付け入るすきがないように思うんだな。

 それと同じような感覚を抽象画でも感じるわけだ。あまりにも完璧に作られすぎていると、お節ごもっともです、ははー。みたいな。モローなんか完璧主義だから観た感じそんなところあるな。ところが弟子であるルオーなんかいい加減だよな。これはその人の人間性と大きくかかわってくるんだと思うのだけれど、何でもいいやふんふんと鼻歌交じりで絵筆持っている感じがする。ちょっとくらいはみ出したって気にしない。ついでに額まで絵の具付けちゃった。。みたいな。そんな方が鑑賞者は入り込みやすいきがするんだな。完璧に説明していない。

 日本人の作家は同じことやってもやりすぎるきらいがある。やりすぎると何かが抜け落ちるように思うな。具象でも抽象でもそれはおなじ。そんな感想を持った。

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 あれまぁ、お大事に。いつでもどうぞ。

たまには、こちらに書き込み。 
千葉の山口に続き、甲府行きも断念。m(__)m
ゆうさんも甲府市内で20日までやっているし、車でひとっ走りなのですが、近々の抜釘手術までおとなしくすることに。

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