
黎明⑦
はる 5614
親父は県の役人だった。ところがあることがきっかけで役人をやめて自分で小さな事業を始めた。何時ごろの事だったろうか、そこら辺りはうろ覚えだ。まぁ所詮武士の商売みたいなもので、長年役人をやっていた人間は小商売には向いていない。尊大で頭を下げることが嫌いな親父には小さな事業ぐらいしかできなかっただろうと今の私は思う。
それでも自分が起こした事業には愛着があったのだろう。兄弟の誰かに引き継いで欲しかったようなことを聞いた。実家に帰って親父と顔を合わせるとそんなことを匂わせていた。兄弟の中で私が一番出来が悪かったので仕方なしに私にやらせようと考えていたのかもしれないな。私にとっては自分の意思で自分の人生を歩めると思っていたところだったので、とんでもない話だな。
という訳でデモストレーションを兼ねて焼き物の工房に入ったようなところがある。だから親父が亡くなっていなかったらそのまま焼き物の絵付職人で一生を終えていたかもしれない。まぁ私の事だから途中で嫌になって辞めていたかな。。
私のようないい加減な人間でも、いったん決められたコースを外れるのには結構勇気がいる。今でこそ何でもなくなったけれど、学生でも勤労者でもない自分が昼間からブラブラしていると何だか心苦しいような奇妙な気持ちになる。学校を卒業して初めてどこにも属さない一人の人間になった時に物凄い解放感を味わった。それと引き換えにとんでもない事になってしまったという深いどん底感も味わうことになる。たぶんそこでインサイダーとアウトサイダーに分けられるのだと思うな。
私にとっては長い出来上がったレールの上を歩いてきてやっと一人の人間になれたという解放感がはるかに勝っていた。どこかでいつもそこらの原点に戻って行く。私は何処にも属さないことが性に合っているようだ。