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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ポケットの窓から - 2016.08.06(ポケットの窓から)
はる 5587
黎明③
 私が大阪の学校を卒業したのは75年。73年にオイルショックがあって戦後の高度成長がここで終わった。感覚的に覚えているのがテレビの深夜放送の自粛、トイレットペーパーなどの買いだめや品切れ、戦後右肩上がりで鼻息荒くまい進してきた日本が冷水をあびせられて一気に縮まった感じがした。

 大学の掲示板にはいままで多くの企業から就職案内のビラが貼られていたのに、これを境にほとんどなくなったのをよく覚えている。私はたまにしか学校に行かなかったけれど、卒業するために卒論という作文をしなければならなかったので申し訳程度には顔を出していた。工学部でありながら私が出した論文のタイトルは「技術革新と人間性疎外」などという科学技術を否定する様な作文だった。とても論文とは言えない代物だな。そんなもので受けつけてくれた担当のゼミの先生に頭が下がる。工業系の仕事につかず絵を描いているということでこんな学生論文でも卒業させてくれたんだな。

 この時もまともに就職するつもりはなかった。なぜかな、私には定職に就くということがどうにもかっこいいようには思えなかったのだな。それまで長髪で汚いジーパンをはいていた人間が就職だからといってリクルートカットして紺のスーツで企業回りするというのがどうにも許せなかったのかな。生き方に反する様な気がしたんだな。どこでそんな反骨の精神が宿ったのかわからない。とにかくフリーで生きようと思った。

 他の国は良くは知らないのだけれど、日本に限っていえば普通に学校出て新卒で大きな企業に就職して出世街道を歩んでゆくというのが、一応夢というのか多くの人に支持される生き方だ。両親も兄弟も学校の先生もそれが一番いい生き方だと勧めるわけだ。それ以外の生き方はほとんど認められないし負け組という烙印をおされる。

 だから一生懸命勉強して少しでもいい学校へ、少しでもなの通った大きな企業へとそれが人間の価値を決める唯一の方法のように考えている。特に公教育はそんな傾向が強い。日本という大きな企業に忠誠を尽くす兵隊を育てているようだ。それ以外に生き方はないかのように教育する。これも一つの体のいい洗脳だな。本当は好きに生きていいのじゃないかな。その代り野垂れ死にするかもしれないがね。それでいいならどう生きてもいいのだ。自分の好きなように。そのことはだれも教えてくれない。

 そこから5年ほど飛びます。

 この派遣社員の問題を何となく覚えているのは、82年に学校の先生を辞めて絵で何とかなるかどうは別にしてもう就職はしないと決めた時と重なるからだ。

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