あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

1999年 「説法」 S100 No428 - 2016.03.18(作品)
1999年 「説法」 S100 No428 混成技法
はる 5457
 昨日の話の続き。
 そうだな、学校というのはある種の社会訓練の場であって、野放図に自分勝手に育っていた子供たちをある一定のルールに従わせて社会生活という箱に従わせる機関だというふうに規定するなら今の学校の制度は正しいかもしれない。その場合個人というのは全体の中では小さな存在で、常に社会とか国家とかを意識しなくてはいけないことになる。社会まだ貧しくて個人の意識も食べる事だけに集中しているような段階ではそういった封建的な社会のルールは有効かもしれない。

 ほんの一部のエリートたちがこの世の中をリードしていて、一部分のお金持ちが大半の富を持っているような社会では、出来るだけ個人の生き方とか幸福などというものは無視してないものとして気づかないようにそっとしておく方が都合がいい。今の義務教育から公教育というのはそういった愚民教育を前提にしているように思われる。立派な企業戦士、もしくは本当の兵隊をつくるにはとても都合がいい方法だろう。

 個人は出来るだけ覚醒しない方が望ましい。だからまず必要ないものは生き方の「哲学」であり、よりよく生きるための「宗教」であり、美しさを考える「芸術」が無駄ということになる。大学からそういった文系を排除しようという雰囲気があるのは肯けるな。

 たまたま私はとりあえず好きな事をする生き方を選んだ。今ではそう言えるけれど、そう決心するにはそれなりの覚悟が必要だな。簡単な事なんだけれど、意外に勇気がいる。「自分の人生だから、好きなように生きていいんだ」とは思うのだけど、何かしら大きなプレシャーがかかるんだな。本当にそれでいいのか?人生棒に振るよ!その言葉が重くのしかかってくる。

 ルールは簡単な事なんだ「人と比べないこと」それだけだ。



comment(2)

 
 
 人と競わせることを高みの見物して楽しんでいる輩がいるんですね。個人レベルから大は国レベルで同じことが行われています。自尊独立これが全てという気がします。

 
「人と比べないこと」。最も大切なことで、最も難しい事ですね。でもこれしかない。

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