あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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2013年「三千世界」F3  - 2016.03.17(作品)

2013年「三千世界」F3 No1592 混成技法
はる 5456
 ある人のブログが紹介されていて面白く読んだ。「日本の好きなことがやれないサイクルがやばい」というコラム
http://nikki.kzkz-ozn.com/entry/2016/02/10/080000

 あぁ私と同じような事を考えている人がいるんだなと思った。まぁある意味少数派だとは思うのだけれど、何かこう人生楽しく好きな事をやって生きてはいけないという暗黙の了解のようなものがあって、そういう生き方をするとどこかで罰が当たる、人生棒に振るぞという奇妙なプレッシャーがかかるようになっている。事実若い時にそういって諭されたものだ。

 生きるという事は好きでもない事を我慢してやって辛酸なめて初めて一人前だというような、なんだろう処世訓が大手を振ってまかり通っている。だから「好きな事」など仕事にしてはいけないぞ、夢だのなんだのというのは青年時代に終わりにしとけ、と言われて大きくなるのだな。

 これはこの人の言うように、何も文句を言わないで働くサラリーマンや兵隊を量産するための都合のいい教育という気もする。とりわけそういった「自己探求」がなおざりにされてきたこの国の義務教育では、「自分の好きな事」に気付かないように、わき目もふらないように目の前の目的だけを直視するように仕向けているようにさえ思うな。学校の先生自身も何も疑問におもっていないものな。

 例えば一定のレールの上を外れると色んなレッテルを貼られる。「適応障害」だとか「アスペルガー」だとか「発達障害」だとか、しかし本当にそうなのかな、自分について考えることはそんなに悪い事じゃないと思う。反対にそちらの方がまともじゃないかとさえ思うのだな。

 一番の問題は「人生の目的」かな。例えばそういったことを自律的に考えることが教育の目的であり、取りも直さず人生を豊かにする、楽しく充実して生きられる方法だと思うのだが、今の教育はそういった考えることを出来るだけしないように、無駄を出来るだけ省くように、効率ばかりを考えているように思うな。個々の人生のの充実、楽しみなどどうでもいいのだ。そういったことの総体が、国への忠誠だとか、まず国があってこその個人だなどということにつながって行く。本当は逆だろう、個人があってその総体が国になるわけだ。まだまだ日本の民度は低い。


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