あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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ポケットの窓から - 2015.12.02(ポケットの窓から)
はる 5359
 絵描きのスタイルとしてやり方は色々あるように思う。これというやり方はない。私がこうやって来たからすべての人にもこのやり方が該当するかといえばそんなことはない。すべて自分で見つけて行けばいいことなんだ。正解はない。

 ただ求めて一生懸命活動すればチャンスは自ずからやってくるように思うな。どうせやっても無駄だとあきらめるとそこでチャンスは逃げて行く。

 私が銀座で個展を始めたのは1988年からで当時準備できた資金は10万円しかなかった。それで画廊代からDM代、滞在費、搬入出代、すべてをまかなうつもりでいた。当時仕事を辞めてぷー太郎同然で、銀座で個展をやるなどというのは夢の夢でしかなかった。それでもとにかく銀座で個展をやらなければ絵描きとしてとてもやって行けないだろうと勝手に決めていた。必死の覚悟で始めたんだな。むろん搬入などは自分の車に家財道具を積んで旅芸人のごとく出かけた。滞在はウイークリーマンションを借りて経費を浮かせた。結婚して間もなくのことだったので、そんなことも楽しい思い出だ。もう30年も前になってしまった。

 第一回の銀座の個展は多くの知り合いが来てくれた。もちろん神戸から親や兄弟も大挙して駆けつけて来てくれた。ご祝儀やらなんやらで結構な収入になったように思う。これが勘違いの元なんだけれど、なんだかこれでいっぱしの画家になったような気持ちがしたんだな。一年個展の経費をためて何とか銀座で個展を開催するというスタイルを5年ぐらい続けた。

 当時はコンクールで一発当てたいという山っ気もあって大きい絵の発表の場も模索していた。身近で大きなコンクールで受賞して一躍スター街道をばく進して行く人がいたので、あわよくばと考えたのは若気の至りでしょうがない。当時は冠のあるコンクールで受賞するしか画家として食べて行く方法はないと思っていた。

 つづく


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