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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

今日のアトリエ - 2015.09.26(ポケットの窓から)
はる 5192
 村上春樹の新刊「職業としての小説家」がたまたま寄った本屋さんにあったので買った。もともとは奥さんが彼のファンだったので、家には彼のほとんどのハードカバー本がある。私は遅れてきた読書家なので本当のところは彼の良さが分かっていないように思う。一番村上春樹らしくないノルウェイの森あたりが一番好きだったりする。

 彼のエッセイはなかなか面白い。彼にとっては専門外だとは書いているけれど、文学青年でない私なんかにはこの方が分かりやすい。今回の新刊も自分の自叙伝に近いかもな。同郷なもので少しヒイキ目に見る傾向は否めない。

 筆一本で食ってゆくと言ってもその食って行き方にも天と地ほど差があるわけで、とてもとても私なんかは絵で食べているなどと大きな口はたたけないけれどね。まぁ違いすぎるから反対にため口でも許されるだろうと勝手に解釈する。

 「何を書くのか?」というのが面白い。普通作家と言うのはやむにやまれぬ内的欲求があってこれをどうしても書きたいと思って始めるわけだ。まぁ一つや二つ誰でもこれというテーマを持っている。それを書くために小説家になったりする。しかし、そういった強い欲求によって書く時期と言うのはそう長くはない。三つ四つ書けばそれで欲求は尽きてしまう。最初の頃の作品はそれなりに面白いのだけれど、段々に書けなくなってしまう。

 作家でも波乱万丈な日常を面白おかしく書いてゆくそういった作家もたくさんいる。まぁそういった自分の身を削って作品に昇華して行くというタイプは一見わかりやすいし、芸術家っぽく見えるので大衆から支持されやすい。一部の天才的な作家はそれでいいかもしれない。でも職業作家としてはそれは長くは続けられない。

 彼の話で面白かったのはそういった内的欲求では書いていないということだ。わたしにはとりたてて書きたいことがないというところから始めている。すごく逆説的だけれど面白い。とりたてて書きたいことがないにも関わらず、なぜ小説など書くのかということがテーマとなりうるということなんだな。だから書きたいことがなくなるという不安はもともとないわけだ。これはおもしろいな。

 私のテーマなどもそうだけれど、いつもひとつ前に戻って考えることにしている。例えばリンゴを描くとして、なぜリンゴを描くのか、色々なモチーフがあるにも関わらず果物を選んだ、その中でリンゴを選んだのはどうしてか?そうするとセザンヌのリンゴの話が頭のどこかにあって、モチーフを選ぶときに何気なくリンゴを選んだとか、リンゴにはアダムとイブの話もある。リンゴはただのリンゴではなく人類の起源の話にもつながる。などなど。

 そうやってどんどん一つ前に戻って考えると、どうして絵など描き始めたのかという原点まで戻って行くわけだ。いろんな自己表現があるにもかかわらず、どうして絵だったのかとか、反対に絵を描くことでなぜ絵を描くのか考えるみたいな話かな。

 
 手直しせずにそのままアップします。話がピーマンかもしれませんがあしからず。


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