あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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聖なる丘 - 2015.06.01(画集「こたえてください」1)


聖なる丘
S100
1996
油彩

はる 5078
 いよいよ後一枚を残すだけになりました。みなさん読んでます?反応がないので少しさみしいですな。過去を振り返っても面白くないかな。

 1995年から96年にかけてイタリアを中心に一年かけて念願の長い旅に出ました。成果は油彩画を描くことを止めたことでした。理由は色々あるのですが、第一の理由は画材へに対する考え方が変わったということかな。

 反対に言えばなぜ油彩画なのか?絵を描くときにほとんど考えることなしに油彩を選んできたのだけれど、ここにきてなぜ油彩なのかという疑問が湧いたということだ。それが皮肉にも油彩画の本場を訪れた後にやってきたことが面白い。

 学生のの頃から材料に対する興味が湧いてきている。油彩画にしても顔料から絵の具を作ったり、キャンバスも麻布をに白亜を塗って自家製のキャンバスを作ったり、オイルに関しては随分とこだわって自家製のオイルの調合をしたものだ。

 そういった材料へのこだわりが反対に油彩への違和感を感じだしたということだ。

 何でもそうだけれど、例えば料理でも出来合いのルーを買ってきてカレーを作ったとしても、中身がビーフになるかチキンになるかきのこになるかぐらいのバリエーションができない。まぁそれでもそこそこ調理したという満足はえられるのだけれど、本質的な違いはない。そこから得られる情報はかぎられたものだ。

 ところがカレー粉をウコン粉とクミン粉とコリアンダーパウダーとシナモンとチリペッパーなどの香辛料を炒めて少し小麦粉を入れてとろみをつける。後は好みでリンゴを擦っていれたり色々。ここから得られる情報はとんでもなく大きい。そうやってもっとも根底から考えて作られた場合のバリエーションは限りがない。いくらでも応用がきく。

 絵を描くと言った場合に、最初は画材店に走って油彩なら油彩、水彩なら水彩と道具をそろえるのだが、そこに留まっている限り応用がきかない。絵を描くという本質からどんどん遠ざかってゆくのだけれど、描写という事から離れて「表現」という領域に入ってくると必ず自分とは何なのか?という問いかけにぶちあたる。自己を掘り下げて一番根元にある源泉に近づくことと、絵を描く材料まで戻って考えることと似ている。

 例えば絵の具は色の粉なでノリは膠でもアクリルでもボンドでもいい、キャンバスはコーヒーのずたぶくろ、段ボールも布もコラージュ出来る。そうやって考えると随分と表現の幅が広がることに気が付いた。

 この「聖なる丘」はたぶん最後の油彩画の一つです。モチーフはアッシジのフランチェスコ教会ですね。極々落ち着いた普通の油彩画ですが、私の中ではよくできた作品だと思います。


comment(2)

 
 
ありがとう。数少ない貴重な読者ですな。

読んでますよ。 
幾つになってもやっぱり誰かにほめられたいですね。小さな声で、こっそりでいいから、「そのままがんばって」って言って☆と思います。

secret


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