あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

常識だ。 - 2015.02.07(ポケットの窓から)

はる 4965
 いよいよあの人が改憲を「常識」だと言った。あんたにとって常識かもしれないが、私にとってはとんでもない非常識なんですけど。選挙権を18歳まで認めてファン投票などのノリで改憲まで突っ走ろうという考えだな。

 この間のサザンの「ピースとハイライト」の歌詞にあったけれど、学校で教えられる日本史は現代になると大体時間切れで終わってしまうのだな。それはまぁ試験に出る確率が少ないのでという事もあるのだろうけれど、やっぱり微妙な問題が隠されているからなんだろうな。高校時代には分からなかったけれど、いまなら確実にそう思うね。

 戦争責任の話もまったくうやむやだ。自分たちも痛い思いをしたけれど、それは自業自得のところもある。それより、あれだけご近所さんに迷惑をかけて反省してますというだけではやっぱり済まないね。お隣の国がやっぱり怒るのは無理ないと思うもの。今じゃとても考えられないけれど、50年前は日本は野蛮で物騒な国だったよ。主義主張のためには命も捧げる武骨な蛮勇を誇ったところなど、今のイスラム国を非難できないよ。世界の嫌われ者だったと思う。

 保障問題とかそういうことを言っているのではなく、もっと根本的な問題として如何にして戦争になったか?そのことをしっかり検証して繰り返さないための処方を講じなければならなかったのじゃないかな。たぶんその処方は痛みを感じる大手術になったろうが、我々はそれをやってこなかった。責任を深く追求できる国民性がないんだな。たぶんお隣の国が言っているのはそのことではないかと思う。

 そのことは今回の東電福島原発事故でも同じだ。責任者である東電と政府は全く他人ごとのように責任を取らない。この事故ではだれも逮捕されていない。未だに多くの国民が不自由な生活を強いられている避難民生活を送らされているにも関わらず、保障さえすれば事足りるとおもっている。そうではないのだ。凝り返さないためにはどうするのか、どうすればいいのかということが講じられていない。だからまた同じことが起きるのだ。確実にそうなる。

 ナチのヒトラーの参謀、ゲーリングの言葉をもう一度載せておこう。

「もちろん、普通の人間は戦争を望まない。(中略)しかし最終的には、政策を決めるのは国の指導者であって、民主主義であれファシスト独裁であれ議会であ れ共産主義独裁であれ、国民を戦争に参加させるのは、つねに簡単なことだ。(中略)とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者を愛国心に 欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には、何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。」


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