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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

マンボ Dudamel - 2015.01.19(you tube)

Manbo
Dudamel



Gustavo Dudamel "Danzon No.2"

これも好きだな。最後は泣ける。

Fuga Con Pajarillo / Orquesta Simón Bolívar de Venezuela



Hancock ..Dudamel ..Gershwin ..


マンボとは、ハイチの土着宗教ヴードゥーの女司祭の名前で「神との対話」の意味を持っている。ドゥダメル氏はまさに、音楽の神との会話を楽しみながら指揮を振っているように見える。

はる 4946
まぁ本当によくわからないのだけれど、分からないなりに考えて書いてみよう。間違っていても批判は受け付けないのであしからず。

表現の自由についてだな。自由、自由と金科玉条のように言うけれど、まぁ私たちはそんなにたいせつにしてきかたか?また自由というは好き勝手に自分のやりたいこと言いたいことをいうということなのか、そいった子供じみた自己満足のために人は戦ってきた訳じゃないだろう。

いろんな時代があって、例えば宗教が絶対の時がありそれを冒涜することが死罪になる、また絶対君主のような暴君が封建的な力で無理難題を押し付ける、悪口陰口さえ許されない、また日本の戦争中のように軍が圧倒的な力を持って批判も許さない、そんな窮屈な世の中が二度とないように、ありとあらゆる表現に制限を加えることなく表現する権利というのを人々に与えたのではないかな。

ある時代にはそれが正義であっても権力形態がかわったら間違いであったというようなことがあっては、何が正義か悪かわからないじゃないか。だから少なくともどんな場合でもたとえ今の世の中で悪とされるものであっても表現する自由だけは保障しようではないかと決めたのじゃないかな。

そんなことから考えると、たとえ例えばだよ、今の時代ヘイトスピーチとされる事柄であっても一概に規制するべきではないのかもしれん。ましてそれを暴力で黙らせてしまうというのは、まわりまわって結局は自分たちの首を絞めることになる。自由を規制するということになるのではないか。言論には言論で対抗するというのが筋なのかとも思う。

桑田が紅白の事を謝罪するというはどう考えてもおかしい。そうやってたとえ遊びであったとしても、自由にもの言える、歌える、茶化して面白おかしく笑って、笑わせることが出来るというのが自由の雰囲気で、あれは良いけどこれは悪い、なんか言いにくいという世の中にしてはいけないのだ。今回の件で一気に右翼化が進む気がするな。



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