あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

ポケットの窓から - 2014.11.28(ポケットの窓から)

はる 4894
 絵描きには定年というものがない。定年を想像したこともない。今まで勤めていた職場から明日から来なくていいよと言われる気分というのはどういったものだろう。それは晴れ晴れした気持ちなんだろうか、勤めあげたという充実感なんだろうか、責任を果たしたという安ど感なんだろうか。これからの長い老後をどうして暮すのかという不安なんだろうか。

 生活が安定しているというのは考えたこともないけれど、今更だけれどそんな老後も楽ちんでいいなぁとも思う。

 社会に出てから今まで安定した仕事というものについたのは一年だけだ。だから自分の老後の生活設計などという計画は立てることもなかった。たぶん死ぬまで絵を描いてゆくだろうという漠然とした目標だけだ。絵描きというのはこうやって生きてゆくのだという指南書があるわけでもない。みんな自分なりの方法を模索して行くしかない。10人いれば10通りのストーリがある。

 少し横道にそれる。どこに向かうのかわからないので、あしからず。

 今回の個展でよく聞かれたのは、「これは何絵というのですか?」ということだ。たぶん質問者は例えば油彩画とか水彩画とか日本画のような決まったスタイルを期待していたのだろうけれど、そういった意味ではミクストメディアという言い方はあるのだけれど、一般の人には何のことかわからないだろう。

 たとえば絵を描くというと、水彩画なら水彩絵の具や画用紙を用意して刷毛や筆、水を用意してさぁ始めるよということになる。それは油彩画でも同じ。少し勉強する人なら本屋さんに出かけて「簡単な水彩画の描き方」みたいなタイトルの本を買って試してみる。何度か挑戦して少し描けるようになって、あぁよかったなと安心するわけだ。

 そういった意味では、何処にも私の描き方は載っていない。それらしきものはあるけれど、それもその人が考えた描き方で私の方法ではない。多くの人は「○○画」と言うとおりにやっていれば一応安心する。それはもう何百年も前からやられている画法でお墨付きをもらっている方法だから「正しい」と思っている。お勉強として、正統な方法として、伝統として認められているから安心するというだけだ。

 本当はどんな描き方でもいいわけだ。それが絵に見えなくてもいいわけだ。どこにもない私だけの「エナミ画」ですと言ったら???としていた。これは生き方と同じことだな。だから技法的には何の秘密もいない。誰が真似してもかまわない。ただ真似しても私自身になることは誰にもできない。


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