FC2ブログ

あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

今日のアトリエ - 2014.08.14(ポケットの窓から)

はる 4787
 数はかなりそろってきたけれど、気に入った作品はほとんどない。何回かぐるぐる回しながら気にらない作品は省いていく。だから最終的には半分くらいになる。省いた作品は潰されて上から絵の具を塗られたり、布を貼られたりしてまた戻ってくる。いままでに、気にいらなくて捨てたことはないので、いずれは気に入った作品になるはずだ。そう願いたい。

 子供の頃、歌というのは例えば小学校唱歌や流行歌のようにプロの作詞家と作曲家と歌手がいて初めて成り立つものだと思っていた。だから唱歌などは難しい昔の言葉だったりして意味不明なことがよくあった。いまでもたぶんそうだろう。

 自作自演で有名だったのは平尾昌明くらいでそれ以外にはほとんどいなかった。歌謡曲の場合、プロの作詞家が作る詩は良くも悪くも商業的で、惚れた別れた恨んだみたいな詩が多くて次から次と消費されるだけのものだという気がした。まぁそのことに特別疑問を感じてはいなかったけどね。

 そのころ盛んに聞いていたのはグループサウンズだな。彼らは若くて自分たちと年代も近く、歌っている詩も共感できる内容が多かった。今までの流行歌とは俄然違った。その中で自分たちで作詞作曲する人がぽつぽつ出てきた。そのころビートルズがやってきた。そんなに好きで聴いていた訳ではないけれど、自作自演で毎回実験的なアルバムを出してゆくという、「表現者」としての歌を初めて聞いた気がする。

 今ではシンガーソングライターは極普通にいる。自分で自分の気持ちを歌うのだから気持ちはダイレクトに表現されるわけだけれど、表現者として生き様を投影している歌手はどれくらいいいるだろうか。

 学生で絵を描いていたころ感じた疑問はこのことだ。なぜ自分の気持ちをストレートに表現できないんだ。してはいけないのか?ということだな。まぁ歌で言うなら、上の小学校の唱歌とかもうすでにある古今東西のすぐれた歌を復習しているみたいなものだ。むろんそこにも十分な表現の要素は存在するのですが、微妙は違いはなかなか分からない。

 眠くなったので結論を書くと、絵描きはもっと自分の気持ちを表現することを考えるべきだ。未だにプロの作詞家や作曲家の作品をなぞっているだけの作品が多い。気が付かないならそのままでいてください。競争相手は少ない方がいいのでね。


FC2 ブログランキング  いいね!と思ったら押してください。
comment(0)

 
secret


カテゴリ
アーカイブ
シンプルアーカイブ
月別アーカイブ
プロフィール

あそびべのはる

Author:あそびべのはる
画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリ
ポケットの窓から (4098)
未分類 (219)
日記 (942)
ベッドの上の王国 (15)
裸婦クロッキー (169)
作品 (284)
写真 (101)
今日のアトリエ (85)
「家族ごっこ」挿絵 (10)
未選択 (45)
ブログ (63)
you tube (102)
原発 (75)
イタリアスケッチ (22)
画集「こたえてください」1 (24)
「こたえてください」2 (6)
「山峡」挿絵 (7)
動画 (7)
フリーエリア
フリーエリア

designed by まて