あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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- 2014.06.22(未分類)

1966昭和東京 
西岸良平の「三丁目の夕日」のような懐かしい映像です。

はる 4733
 この間のつづきをぼちぼち、、

 学生の頃によく考えたのは、ここにリンゴがあって、それを描いていて何になるのかということだ。まぁ描写の訓練にはなるけれど、上手いなぁと言われるか もしれないけれど、そんなことのために俺は一生かけるのか、何か違うそんな風にずっと思っていた。駆け出しながらも自分なりの表現というものを考えてい た。

 とここまで書いた。

 ものを考える方法の一つとしてよくやるのは、ひとつ前に戻って考えるという方法がある。たとえばモチーフとしてリンゴを選んだ、なぜ色んな果物の中でリンゴを選んだのか?と考える。そうする私がリンゴを選んだには何か理由があったはずだな。思いつくことを挙げてゆくと、「禁断の木の実」「リンゴの唄」「赤いリンゴ」「身近なおやつ」そして「セザンヌのリンゴ」だ。

 たぶん話の展開でリンゴを選んだのあろうが、私の頭の中にはモチーフとして「セザンヌのリンゴ」があったように思う。物としてはただの果物だったけれど、彼はリンゴを描くということに主眼をおいて絵を描いたわけではない。リンゴという材料を使って何か新しい料理を作ることに一生をかけた作家だった。簡単に言えば、絵の中に新しい秩序を作ること、そのことが大きな目的だった。

 そのことに気付いた時は世界の発見をしたように嬉しかった。セザンヌ以降の美術史が本当の意味でリアルに我がことのように迫ってきて、これで何とか絵を一生描いてゆけるのではないかと小躍りした。まだまだそんなには甘くはないのだけれど、物を描写するという呪縛から何とか抜け出た一瞬ではなかったな。

 そこからどんどんさかのぼって行く。絵を描く場合、何も考えずに画材店に行って、例えばカンバスやオイルを買って筆をとる。まぁ水彩でもいいのだけど、そこのところを疑うわけだ。そもそも絵画というのは支持体(紙、麻布、綿布、色々)に色の粉(岩絵の具、顔料、土、など)をノリ(乾性油、膠、合成ノリ)でで固めたものだ。だったら支持体まで作って、絵の具も自作してしまえと色んな材料を試すことになる。

 物事を追求して行く方法として、複雑に絡み合った事柄をどんどん解体して一番シンプルな状態にまで下りてゆくことで理解できる場合も多い。特に油彩画は何も状態から輸入されたものだからそういった時期が必要だったのかもしれん。学生の最後の頃、油彩画の材料、技術みたいなものにのめりこんだ。

 ここら辺りは、全国的な流行だったようだな。こんな流れから本格的にテンペラから混合技法で油彩画に入ってゆくもの、がちがちの油彩画の伝統のメチエでゆくもの、もっと古いフレスコ画にゆくもの、私のようにミクストメディアにゆくものが現れてきたように思う。

 技術というのは自分の表現と一体に進展して行くもので、どちらか一方だけが独立するということはありえない。むろん最初は誰かの真似をしてその技術を習得してゆくものだが、最終的には自分で作ってゆくものだろう。私の場合も例外ではなく、そういった模索の中から自然に出来てきた方法、表現で誰かにならったわけではない。本来、表現は自己と一体になっているもので、技術だけが独立しているものではない。

 次は表現について考えてみたい。いつになるかわからんけどね。

 


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