あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

苦悩する芸術家 - 2014.02.12(ポケットの窓から)

はる 4604
 久しぶりに自宅のパソコンを開けた。なんとパソの液晶部分の線が下まで貫通していた、それだけではなく幅が2mmぐらいになっている。困ったものだ、このパソも何とか生かしておきたい。液晶部分だけ交換することを考える。

 例の現代のベートーベンの話が面白い。ホテルの中で暇だったものだから、ネットでそんなものばかり探して読んでいた。こういった話はよくある。「奇跡の画家」とか「盲目のピアニスト」その他色々。その作品よりもその外側の物語に人は感動する。芸術家は不幸であればあるほど、ハンディがあればあるほどありがたがられる。まわりもそれを期待するところがある。平凡なサラリーマン作家だとありがたみも薄れる。

 自分にはそんなところが全くないか?破れズボンにサンダル履きのぼさぼさ頭で髭を生やして絵の具のついた上っ張りを着てタバコをふかしている、そんな格好が絵描きだというようなところがないか?これも自己演出の一つだろう。まぁ世間がそんなステレオタイプの芸術家像を期待しているんだな。そうやって考えると彼のやったことは許されることではないけれど、だからと言って非難ばかりもできない。騙される方もだまされる方だ。マスコミなどというものはその程度のものなんだな。

 彼の姿を見て、放映された映像を見てほとんどの人がどこか胡散臭さを感じただろう。それでもそのうそにまんまと騙された。それはあまりにも大衆が期待する「苦悩する芸術家」の姿そのものだったからだ。手に痛々しい包帯を巻いて、サングラスをかけ、杖を持って足を引きずりながら歩く。絵に描いたような芸術家だったのだ。だから大衆は安心して騙されたのだ。

 実際苦悩する芸術家は「苦悩する芸術家」を装う必要はない。だから本当は一目見てこれは「苦悩する芸術家」だと分かるのは偽者だということだろう。案外「苦悩する芸術家」の新の姿はあのゴーストライターのようなどこにでもいそうな、まじめな学校の先生のような姿をしているのではなかろうか。

 オーム真理教の教祖さまとかあのナチスのヒットラーなどとどこか共通するものを感じるな。どう考えてもありえないような教義を頭のいいとされている多くの若者が簡単に騙されていったあの不思議な感覚とどこか似ている。テレビはとんでもない嘘を平然とつく。騙されないようにしないとね。


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