FC2ブログ

あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

はる 3928 - 2012.03.28(ポケットの窓から)

はる 3928
 昨日は今年高校を卒業した連中が飯を食いにやってきた。一人は身長が188cm、もう一人も180cm近くもあってどうも同じ人種とは思えない男たちだ。彼らが家に入ってくると我が家はドールハウスのように見える。調子に乗って同じように食ったら、今朝は消化不良で調子悪し。彼らは確実に今成長期で私は老人なんだろう。

 彼らを見ていて自分の若い頃を思い出していた。

 大阪の大学にいた時は色んなバイトをしていた。学校の近くに何人かで共同の下宿を借りてマージャンをしたり試験の前に泊まり込んでノートを写したりして便利に利用していた。私は管理人として常備そこに住んでいた。だから下宿代は只だったけれど、色々な生活費を稼がなければ下宿生活が維持できなかった。実際無理すれば家から通う事が出来る環境にあったわけだから、強引に家を出た手前、親から援助してもらえる状態ではなかった。

 今だから言えるのだけれど、兄弟で一番したという立場は順番で行けばいずれ私が家に残る事になる。小さい時は兄弟が多くてそれも楽しかったのだけれど、一人抜け二人抜けして家の中が段々にもぬけの殻のようにスキスキになって寂しくなってゆく。若いどうしようもない馬鹿者はそれが耐えられなかった。干渉されたくない、合法的に家を出るにはそんな方法しかなかった。

 バイトして自力で生きてゆくということだけで面白かった。大して稼いでいたわけではないけれど、食って寝て暮らしてゆくぐらいは稼ぐ事はできた。擬似的な社会人だな。三年ぐらいになるとほとんど学校に行かなかった。昼間は証券会社でバイトしたり、今じゃけっこう有名な女性ブランドの洋服やさんとか、ガソリンスタンドなんかもやった。夜はジャズ喫茶で働いた。将来ジャズ喫茶やりたいなぁと考えていた頃だな。

 四年生になった頃少しずつお金を貯めて、大阪の下宿を出た。京都と大阪の間に住みかを見つけた。今の八幡市だけど、当時は石清水八幡宮のある由緒正しいひなびた村だった。駅からバスに乗って20分ぐらいの大きな農家の物置小屋のようなところを貸してもらった。一応風呂とトイレは独立してついていて、小さな台所もあった。周りは全て田んぼと畑の純粋など田舎だった。ここから京都の焼き物屋さんに通う事なる。

 続きは気が向いたら書きましょう。


comment(2)

 
 
 そうですか、長い付き合いですのにね。若草荘もほぼ漫画のようなメタメタ事件が多かったですが、大坂時代は若かったですから、生々しい事件が多かったですね。生々しすぎてここでは書けません。あしからず。

新鮮 
大阪の大学時代の話は、あまり聞いたことがなかったので、新鮮です。

secret


カテゴリ
アーカイブ
シンプルアーカイブ
月別アーカイブ
プロフィール

あそびべのはる

Author:あそびべのはる
画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリ
ポケットの窓から (4075)
未分類 (209)
日記 (942)
ベッドの上の王国 (15)
裸婦クロッキー (166)
作品 (236)
写真 (69)
今日のアトリエ (83)
「家族ごっこ」挿絵 (10)
未選択 (45)
ブログ (57)
you tube (102)
原発 (75)
イタリアスケッチ (21)
画集「こたえてください」1 (24)
「こたえてください」2 (6)
「山峡」挿絵 (7)
動画 (7)
フリーエリア

designed by まて