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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

イタリア滞在記 11 - 2005.09.13(日記)

         11 日常生活の巻 1

 

 ほとんど一ヵ月に一度旅に出る。元来旅が好きかと問われれば、けっしてそうではなく日本に居るときは出無精で用がなければ家にいたい方だ。仕事がら家に居ることの方が多いのだけれど。この旅にでるにつけて自分の中で決めたことがある。それは多くの事を見る事だ、できるだけ多くの小さな旅にでること。そしてスケッチすること、後は楽しんでこようこれだけだ。油絵を描きはじめて二十五年ほどになるがこれほど永く、油絵の匂いを嗅がなかったことはない。特に最近は描きたいから描くのか、展覧会があるから描くのか分からなくなって来ていた時だけに、一息つくのもいい機会だと思った。

 旅に出ていない時は、午前中はチンクエチェントに乗って近くの風景のスケッチに出かける。時にはサンドイッチを作ってもらって少し遠くまででかけた。一年近くになると、めぼしい所はほとんど絵にした。絵を描きはじめた頃、よく自転車に乗って油絵の道具を担いで風景スケッチに出かけたものだが、この頃はアトリエ制作が多くなり、ほとんど実際の風景を見て描くということがなくなっていた。イメージを脹らませ、まだだれも見たことがないものを創りだす。それはそれで面白いことだったのだが、どうしても自分の中だけで繰り返していると自家中毒に似て麻痺してくるところがあり、最近はややマンネリになってきたかなと思われた。自己模倣を繰り返す、これが一番こわい。

 日本にいれば色々な情報が入り乱れて入ってくる、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、いいか悪いか別問題としても、かなり影響される。そういった情報から全く切り離されて、裸の自分と向き合い、なにも考えずに、ただ美しい風景と対峙して筆を動かしていると、絵を描きはじめた頃の感激が戻って、絵を描くことが好きだったのだと改めて感じた。

 特に自由に使える車が出来てからは、ほとんど毎日ナルニの街やカピトーネの丘を描きに出かけた。石畳の階段に座って街の風景を描いていると、何故か猫や犬が集まって来た同類の物を感じたのか、不思議な物を感じたのか聞いてみたこともないのだが。街にはもちろん日本人などいないし観光客もいない、東洋人自身が珍しい。わたしがその日何処で絵を描いていたか、家に帰るとマリアが知っていると言うことが良くあった。だれかが見かけて彼女に連絡したのだろう。目立つ存在であることは嫌なことも多い。最初町中を一人で歩くのが嫌だった。日本にいる外人が視線を感じて嫌だというのを聞いたことがあるが、全く嫌なものでおもわず早足で歩いてしまう、それもしだいに慣れてはくるのだが。 街角で絵を描いていると、昼時になると街の古い鐘が何処からとなく聞こえて来る、昼食にご主人がスクータで帰って来る、ラジオからはテノールの歌声、それにあわせて誰かが口ずさむ、隣の家では大声で夫婦喧嘩、猫がミヤーと鳴く。急いでかたずけて家路につく、途中の下町で今日のパン半切れと新聞を買うことを忘れないようにと、マリアからの伝言。午前中はそれで終わる。



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