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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

バベルの塔 - 2012.01.20(ポケットの窓から)


 
はる 3861
 ↓の下絵の話の続きでも書きましょう。

 向って右の方はこの間の個展でも展示したS100の「負の遺産」、これは見て描いた訳ではなく授業中にこっそり落書きしたもの。んで、何とかもう一方をどうするか考えていた訳だ。

 今回の震災の事や原発の話をどこまで自分のテーマとして描く事が出来るか、ものすごく難しいと思うな。例えばテレビなののマスコミがよくやっている「がんばれ日本!」「絆」とか「連帯」とか、反対に責任者を糾弾したりアジテーションしたりすることは形として簡単だけれど、それが実際に自分のものとして辻褄のあった表現になっているか?といわれると凄く疑問だな。

 たぶん実際に美術家が現場に出かけて被災した建物や瓦礫を克明にスケッチして、現場の悲惨な状態を報告するというのも今の段階ではもう違うと思う。そういった作品もこれから出てくるとはおもうけれど、もしそうならば作家は全て現場に行かなければならないということになる。実際にその時にその場所にいた生の映像以上に優れた表現はないだろう。我々のような表現者がなすべきことというのはそんな事ではないだろうな。

 一番身近で臨場感をもって考えられる事は、その事実があったために必然的に変ってしまった我々の日常というのを描く事だと思うのだ。具体的に言うならば「何気ない日常が大切である」と感じた私というのを描くべきなんだな。それ以外のことは空言でしかない。誰かの影響で分ったような空言を言っているに過ぎない。若いロック歌手がいう『ラブ&ピース」みたいなもので何の意味もない。

 で、「何とか今回の災害を自分なりに消化して絵に出来ないか」とい考えている私と言うのがこの絵のテーマな訳だ。すごく持って回ったいいかただけれど、そうすることでしか生々しく臨場感を持って自分の表現にはできないように思うな、少なくとも私は。

 で、組み作品として隣にどういった絵を持ってくればいいのか、このところずーと考えていた。別に全く違う別の作品でもかまわないのだけれど、出来るならば組作品として並べて展示したい。その方が表現として強くなるかなと考えた。

 で考え付いたのが例の『バベルの塔」だな。おごり高ぶった人類が天に届けと築いた塔はいつまでも天に届く事は無く、無残にも崩れてゆくという話。とか核の廃棄物、無害化するのに100万年かかるらしい、そんなわけも分らんものを山と積み上げて未来に残してどうするの?自分で作った毒に自分でおかされる滑稽さ。そんな話ならなんとか絵になるなと思って描いたのが左の下絵。

 さて、どうなるかね。


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