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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

イタリア滞在記 5 - 2005.09.07(日記)

       5 マリアの出産の巻 (6月)

  言い忘れたのだが マリアは妊娠八ケ月だった。それを聞いたのが、孝志さんと空港で初めて逢って、高速でカーサ キムラに行く途中のドライブインでコーヒーを飲んでいる時だった。たまげた、臨月の妊婦の居る家庭に、我々のような外国人が、のこのこ出かけてホームステイして大丈夫なのだろうか。孝志さんは日本人だからなんとか意思の疎通はできるけれど、マリアは片言の日本語だと言うし、肝心の利夫さんは、添乗員の仕事上、出かけると一週間は家をあけると言うし、まだ三才のタロー君もいる。こりゃ困った。しかしもう引き返す訳にはいかない。今から考えると、子供のいない我々夫婦にとって、この赤ちゃんの誕生は、自分たちのことの様に嬉しかったのだが、その時は只々驚いた。

 マリアは働き者で、我々の心配をもろともせず、自分で車を運転して、どんどん用事を済ませていった。入院する前日まで働いていた、これには頭が下がる。イタリアン魂かもしれない。マリアの実家のあるサルデニアからお姉さんのカテリーナと姪のエレナが手伝いにきた。

 イタリア人は日本人以上に身内を大切にする。なにかあったらすぐに親族郎党集合する。だれかの誕生日、だれそれの結婚何周年、それにクリスマスや学校行事、又色々な国の友達が始終、休みの度に遊びにやって来る。この色々な国の友達という感覚は、なかなか日本人には理解できない。特にヨーロッパは国と国がつながっているため、例えば旅に出ても国境を越えたと言う感覚なしに済んでしまうことがよくある。特に最近は、通貨統合とか、経済的にヨーロッパは一つのあらわれか、パスポートさえ見ないことが多い。と言う訳でキムラ家には、いろんな国の友達が来てパーティになる。英語、ドイツ語にイタリア語に日本語まぁその賑やかなこと。お喋りが美徳の国だけある。

 所変われば品変わると言う諺があるが、東洋と西洋では考え方が、全く逆の場合が結構有る。例えば、このお喋りにしても、西洋では、基本的に自分と他人とは違うと言うことから始まっている。だからとにかく人とは話をする、対話する事からすべてが始まる。だから話をしないのはバカか何か良からぬことを考えている輩ととられる。反対に日本などの場合、「あうん」の呼吸などと言って、喋らない方が美徳であったりする。最近日本が国際化していろんな所で問題を起こしているのも、この自分の事を多くは語らないと言う習慣が災いしているように思う。自分のこと自国のことを人に伝える教育がこれから是非必要だと考えられるが、今の日本の教育は反対のことばかりしている、受験、受験で知識ばかりの人間が増えて、本当に必要な人間としての教育をしていないように思うのは私だけだろうか。

 みんな集まって、わいわいやっているうちに、利夫さんとマリアの待望の女の子、ハナコちゃんが誕生したのだった。おめでとう。



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