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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

合唱YELL - 2011.12.25(you tube)


郡山二中合唱
「YELL」
はる 3835
 なぜか合唱が好きだ。未だにNHKFMの学生コーラスコンクールを聴いたりする。この「いきものがかり」 のYELLは何年か前のコンクールの課題曲だった。これを聴くといつもなぜか泣けてくる。凄くありふれたなんでもない歌なんだけれど特に「・・さよならは悲しい言葉じゃない・・」というフレーズがいい。私たちが失った、この時代の子供たちにしか感じ得ないはかない心の揺らぎが伝わってくる気がする。

 いや、私が子供だった頃にはそんな事は全く感じない、まぁ、ただのガキ大将だったわけで、この年になって後何年生きられるかなぁなどと考え始めてやっと気がつくんだな、この言葉の深さが。だからある意味で、大人が振り返ってみた感傷なんだと思うけれどね。

 で、結局何のために生きているのか?という問いになるのかもしれないな。一生懸命勉強しました、いい学校に入りました、安定した職にも就きました、いい相手にも恵まれて幸せに暮らして、そして死にましたとさ・・。やるべき事をやって、守るべきことをまもって、過不足なく生きたとしてそれで、それだけで本当に生きたといえるのか?ということだな。

 感受性の話。例えばよく聞く質問で、今こんな勉強していて社会に出て何か役に立つのですか?前にも書いたけれど、役に立つ事など学校で出てからいくらでもやらされる、損か得か、儲けるかどうか、そんな事ばかりで社会は成り立っているわけで、テレビを観ても新聞を見ても世の中はそんな定義で動いている。

 だから、学校のうちだけでも全くすぐには役に立たない、儲けにならない、毒にも薬にもならないことに命がけで取り組む、そんな事が必要なんだな。

 で、何でそれが必要かといえば、簡単に言えばそんな無駄や寄り道が、すぐには役に立たないと思われていることが、感受性を磨くわけだ。どれだけ多くの役に立たない事を一生懸命やってきたかが、その人の人生の中味の充実度を決めるわけで、独断で極論すれば、人生の充実度は、どれだけ無駄な事に時間を割いてきたかに比例すると思う。
 
 余談だけれど、表現ということだけを考えれば、言葉が一番大事かもしれない。「よみ、かき、そろばん」というけれど私は「読み、書き、会話」だとおもうな。これを徹底する事で、随分と表現は豊かになるきがする。英語を無理やり勉強する事はない。全ては如何に感動してそれを自分なりにインプットできるかだ。アウトプットは何でも応用できる。

 それから、このところの話でもう一つ気付いたこと、当たり前だけど「感じないものは伝える事も出来ない」ということだ。まず最初に感動ありきなんだな。テクニックでも要領でも方法でもない、一番大切なのは感動する心なんだ。それを育てない事には何も生まれない。生きた事にはならない。このことはまた少し書きたい。


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