FC2ブログ

あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

 閑話休題 - 2005.08.27(日記)
はる 1532
 トップの表示が遅くなった。待ちきれずに通り過ぎてしまう人もいるかもしれないな。理由がわからない、少し待っていると表示されるようだけれど、私だけかな?分かりません。

 昨日は午前様でした。ネットで知り合いになった京都の画家、今尾さんの個展や二三の用事が重なったため、お江戸に行ってきました。深いブルーを基調に涼しげな絵が並んでいます。30日までですので、銀座に用事のある方は是非お出かけください。

 閑話休題

 例えばものの表示なんかでも「駅から3分」とか「新宿から急行で1時間半の別荘地」なんて書かれることが多い。この場合駅から徒歩で三分の意味で、まさかバイクで三分だったなんてことはないでしょう。

 距離を時間で表す典型的なパターンですね。三次元の空間の表し方も結局同じようなもので、たぶん間違っていないように思う。ここからは私の空想、想像が入るので、でたらめです。

 徒歩で三分と言えば、大体その距離は想像できます。歩幅が多少違う程度で、それほど大きな違いはないでしょう。ただしこれの前提には「時間は誰でも同じように一定に刻まれている」ということがある。一秒はどこで計っても一秒のはずだ。

 ところが我々には実感として体験できないけれど、時間は伸び縮しているのではないだろうか。

 ちょいと想像してみると面白い。一秒が一分になって一時間に伸びて、さらに一日になって一年になった。もっと伸びて伸びて永遠に伸びきったとしたら、時間は進まない。止まったままだ。

 限りなく遠い星が光速で遠ざかっているということは、「あ~」といった声が「あ~~~~~」と伸びきった状態ではないだろうかね。ということは時間は止まっている。要するに我々は永久に宇宙の端っこには行けないのだな。時間がとまっちゃっているんだも行きようがない。

 反対に今度は縮まって行くことを想像してみよう。一年が一日になって一時間になって一分になって一秒になって、限りなく小さく0に近づいてゆく。一点に全てのことがギュ~と凝縮されると、一瞬が永遠になる。実際の話、この世界は一瞬の出来事だったのかもしれないよ。我々には感知できないけれどね。

 で最初に戻って、アインシュタインさんは空間はゆがんでいるといったとか、で実際に実験でそれが確かめられたと言う話。空間がゆがむと言うことはまぁ時間が伸び縮みすると言うことが確かめられたということでね。

 で結局宇宙というのは時間軸をもってくれば閉じられた有限の空間というのか、世界だということだ。この世界は実際はゴミ粒ぐらいの大きさで、本当は一瞬の出来事なのかもしれない。



comment(0)

 
secret


カテゴリ
アーカイブ
シンプルアーカイブ
月別アーカイブ
プロフィール

あそびべのはる

Author:あそびべのはる
画家・榎並和春です。HPはあそびべのHARU・ここだけの美術館

リンク
このブログをリンクに追加する
カテゴリ
ポケットの窓から (4075)
未分類 (209)
日記 (942)
ベッドの上の王国 (15)
裸婦クロッキー (166)
作品 (238)
写真 (69)
今日のアトリエ (84)
「家族ごっこ」挿絵 (10)
未選択 (45)
ブログ (58)
you tube (102)
原発 (75)
イタリアスケッチ (21)
画集「こたえてください」1 (24)
「こたえてください」2 (6)
「山峡」挿絵 (7)
動画 (7)
フリーエリア

designed by まて