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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

宇宙の果て - 2011.08.16(今日のアトリエ)





 


はる 3705

 かなり仕事が進んできた。でもまだ半分か。



 この間の続き。考えながら書くので、つじつまが合わなくても御容赦願います。



 人の頭の中というのも針穴みたいなものじゃないかな。というのは始めは世界は極小さいものだった。知っている世界が小さいから当然理解する世界も小さい。多分母親と父親と兄弟、その他大勢となる。だから理解できる宇宙観(あればの話だけれど)もその程度のものだ。



 それが色々な知識をつけるにしたがって世界がどんどん広がってゆく。目で見るというだけではなくて、本を読んだり人と話したり、聞いたりすることで世界は飛躍的に広がってゆく。得た知識、外界から入ってくる情報でもって世界観が構築されてゆく。



 針穴写真が小さいピンホールから外界の光を取り込んで映像を結ぶように、我々の世界観というのも外界のあらゆる刺激を受け入れて作られるものだ。世界観はその人の身の丈以上にはならない。



 私が宇宙の果てを空想するとすると、実際には永遠に届かないはるかかなたであっても簡単にたどり着ける。一瞬のうちに私は宇宙の最果ての地にたたずんでいる。ここのところが面白い。実は宇宙は私の頭の中にあって、針穴写真機を夜空に向けたのと同じではないか。見えないけれど宇宙の最果ては確かに写っているのだ。



 こんな事を考えるのは実は絵画というのも同じではないかと思うんだな。あるものを再現するのではない。私の頭の中にある宇宙観みたいなものを、自分の目と手を使って再構築してゆく。それは多分この宇宙の成り立ちと同じ理で出来ている。私の中に宇宙があるように、今度は絵の中に宇宙を再現するということではないか。



 次はその具体的な方法を書いてみたい。まぁ今までの繰り返しになるけれどね。興味ありますか?




comment(4)

 
No title 
 期待しないでお待ち下さい。

No title 
楽しみにしています。

No title 
 コメントありがとうございました。世界をギューーと圧縮したのが、まぁ絵や詩や歌なのかな。随分前に反物質という言葉を聞きかじって、まったく見当はずれなんだけれど、イメージ的に表現すると針穴写真の画像みたいなものかと想像した。正しい世界があってそれに対応する反世界があるとすれば、頭の中も反宇宙みたいなものじゃないかとね。

 ということで、上の絵は小山晃さんの絵でした。また。暑いですね。気をつけてお過ごし下さい。

No title 
「細部」の中に全世界、全宇宙がたたみこまれている。「神は細部に宿りたもう」というのはそんな意味なのでしょうか。絵もその「細部」のひとつなのですね。そして、ひとつの詩、ひとつの句もおなじく全世界を写しだす。そう思います。

secret


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