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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

国民に合わせた政府しか持てない。 - 2011.05.30(ポケットの窓から)






 

はる 3626

 前から薄々気がついていたことなんだけれど、今回の事故をきっかけに思い出した。



 例えば日本は技術立国という看板で食べている。様々な分野で素晴らしい技術を持った人や会社や研究者がいる。けれどロボット技術一つとってみても、これは世界で一番すすんでいる分野なんだな。人間とほぼ同じように二足歩行できるロボットをいち早く開発したのはホンダだった。



 けれど、いざ実際に事故が起きて、こういった人間が入ってゆけないような現場に採用されるのは外国のロボットだったりする。それは一体なぜなんだ?一番の見せ場ではないのか、一番必要な時に何をちゅうちょしているのだろう。



 こういう小さなミスというのか、決定力、判断力、のなさによる失敗というのが今回やたらと目に付いた。実際に役に立ったとか、失敗したということより、その事によって何よりも大切な自尊心、プライドを傷つけられた事の方が、大きなマイナスではないだろうかね。



 能力を持ちながらそれを使いけれなかった場面とというのがやたらと多い。それは能力がなく出来なかったというより、人を悔しい思いにさせる。



 サッカーの国際試合などで今までよく感じたことだ。ここでシュート打てばたとえ成功しなくてもすっきりするじゃないかという場面で、日本人は逃げてパスにまわしてしまう事が多い。絶対的なチャンスに適切な判断ができない。まぁ私を含めてのことだけれど、多分DNAのなかにそういった狩人的にとっさの判断が出来るようには出来ていないなかもしれない。自分で考えて判断する、自尊独立というのができないか、不得意である。



 今回世界中が賛美した、震災後の秩序正しい行動というのも、反対に考えれば自分で判断できなかった、指示を待っていた烏合の衆ということも出来る。良く飼いならされた人々ということもできるな。



 一見それは凄く理性的な理想的な人々のように見えるけれど、反対に考えれば「何も考えていない」という事にもつながらないか。それをいいことに国はやりたいほうだいだ。国民を守るという発想がそもそもない。未だにお上的な考え方だな。そんな政府しかもてなかったのは我々にそれだけの意識しかなかったということだろう。



 これを契機に少しは変るかもしれない。それを期待したい。



 少し話が変って、例えば絵画表現なんかでも同じようなことがある。前にも書いたかな、国際的な版画コンクールがあって、他の外国の作家などと比べても日本人作家は断トツの素晴らしい技術を持っている。反対に外国の作家の作品は技術的に見てすごく未完成というのか未熟に見えるんだな。ところがコンセプトというのか、何を表現するのかということに関しては凄くストレートに伝わってくるものがある。



 まず自分が表現したいものがあって、それが絵画とか版画などの媒体を使っただけで、表現することが全てで技術はあったほうがいいけれど、大きな問題ではないという風に思った。



 まぁこれそうだけれど、大切なのは稚拙でもいいから、間違ってもいいから「自分で考える」「自分の言葉で考える」判断する、人を当てにしない、まず個人が自立すること、独立すること、そういった人々の集まりが地域であり地方であり国であるという考え方がこれからの方向だと思う。

 



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