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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

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「水琴窟」すいきんくつ - 2005.08.05(日記)

はる 1510
 今回個展で流していた音楽?は、たまたま京都によったお茶屋さんで流れていた音にした。

 今回旅をして電車にのる機会も多かったのだけれど、気がついたことは、ケイタイとヘッドフォンステレオだ。ケイタイの事は今までもよく書いたのでヘッドフォンステレオのことを書こう。

 普段、私は音楽を聴きながらという生活をしていない。アトリエで仕事する場合でもほとんど音は必要としない。昔から何かしながら音楽を聴くということはなく、聴くときはもっぱら集中して聴いていたように思う。例外は車に乗っているときで、ここが私にとって、今の唯一のリスニングルームかもしれない。

 よく分からないのだけれど、人間の日常生活のなかでそれほど音楽って必要なのかな?と思ってしまう。例えばパチンコ屋さんやゲームセンターなど遊びの場には常に音楽は付いてはいるけれど、自分の日常生活で音楽が、常に流れているというのも奇妙じゃないだろうか。こんなことを言えば、そうじゃないという意見も、もちろんあるだろうけれどね。

 若い人が電車の中などでヘッドフォンで音楽を聴いている姿をみると、例えばソニーなどのオーデオ機器やさんのある種の陰謀にはめられているのじゃないか、などと勘ぐってしまう。というのは、そうしたスタイルが音楽そのものより、ファッションとして売られているのではないかな。

 確かに、僕らの若い頃にも、自分の好きな音楽を持ち歩けないだろうかというのが願望としてあった。ゲルマニュームラジオに始まって、トランジスタラジオそしてカセットレコーダが登場してきたときはとびついた。ラジカセ、ウォークマンときてiPodにいたる。

 でもねぇ、ことここに至って、そんなにいつも音がなくたっていいじゃないのと思ってきた。たとえば外に出れば風の音、鳥の声、蝉の鳴き声、そんな自然の音をふさいじゃって自分だけの音に浸る必要はないのじゃないかとね。どう思う?

 で個展で流していた音は「水琴窟」スイキンクツ。簡単にいえば壷の中にぽたりぽたりと落ちる水滴の音ですな。



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