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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

鵺の正体 - 2011.04.25(ポケットの窓から)






 

 明日からまた東京です。絵描きが全国から六本木に集まります。出品した人には、それはそれで結構楽しいお祭りです。絵を描かない人には申し訳ありませんが面白くないと思います。あしからず。



 我々は良し悪しは別にして小さい頃から「理屈をいうな」という教育を受けてきた。四の五の言い訳するのは一番格好が悪い。潔くあれと。まず兎に角黙って聞く。聞けないならそんな振りをする。それが兎に角集団の中で何とか最低限ルールだと教えられる。分らないことは「黙って聞いていろ、そのうちに分る」それも一理ある。



 ある一定の全体的なレベルを上げるなら、まぁこれが一番効率のいい教育方法だと思う。上から流れるように新しい知識が流れてくる。物事を考える必要はほとんどないし、ほぼ機械的に覚えてゆけばよい。日本の受験勉強に限らないのかもしれないが、受験というのはほとんどこういったやり方ですすんでゆく。ここには自分のアイデアを考えるとか、思索するということはほとんど入っていない。



 我々はまず「自ら考えることを止める」ということを何度もなんども繰り返して教えられる。いらないことを考えるよりも兎に角単語の一つでも覚えた方が「役に立つ」と言う風に教えられる。いや実際に言われたことはないけれど、それが暗黙の了解になっているのではないかな。ああでもない、こうでもないと要らぬことをぐだ愚だと考えて、時間ばかりとられているのは一番下の下だとランクされる。



 要領よく一番効率よく「自ら考えることを止めた」人間が、この国では一番いいといわれる学校に入れて、一番いいという仕事にありつけるようになっている。それが超エリートと言われる人間だ。だから始末がわるい。



 内田樹の「辺境論」によると、この日本人独特の学習能力というのは二千年以上の歴があるものでちょっとやそっとでは変らない気質になってしまっている。というのは我々にとって「よきもの、ありがたきもの、優れたもの」はどこか遠いところからやってくると考えられている。例えば「唐様」だったり「洋風」「アメリカン」だったり、全て優れた文物は舶来物で外からやってきたものだ。



 あまりにも凄すぎて太刀打ちできないので、「考えることを止めて」徹底的に真似をする、吸収して取り込んでしまう。日本の文化はそういったことの繰り返しで出来ている。まぁそれが鵺の正体だ。



 もう少し書きたいけど眠くなった。続きは今度にしよう。



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