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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

インスタレーション(設置芸術) - 2010.12.29(ポケットの窓から)






 

はる 3475

 今年も後二日になった。今日は台所のレンジ周りや窓の掃除をした。どちらかと言えば「ほこりで死ぬことはない」というタイプなので、掃除は得意ではない。アトリエの床は仕事が終われば簡単に拭いたりするけれど、大体が細々したものが床に置きっぱなしなので、混沌としている。



 昨日来年早々に二年ほど青年海外協力隊で日本を離れる教え子が挨拶にきた。色んな世間話をしながらたまたま現代美術の話になった。この間から考えていたことの続きのようなことだけれど、少し書いてみよう。



 絵画を色と形にどんどん分解してゆくところまでは話をした。本当は絵画なら絵画、音楽なら音楽を、そのままの形で堪能すればいいのだけれど、どうしてあえて分解してゆくのだろう。そこのところを質問されて答えに困った。



 そうだなぁ、例えば子供の頃に目覚まし時計やおもちゃを分解したことはないだろうか。物を理解するというのは、ものごとを理解するうえで一番初めに取り掛かることではないかな。



 例えば遺伝子そのものは昔から知られていた。ところがその遺伝子がどういった形で遺伝に関係してゆくのか、遺伝子そのものは何でできているのか、遺伝子のどの部分がどんな情報をもっているのか・・、そのことは遺伝子そのものをもっと小さい構成要素まで分解しなければ分からなかったはずだな。



 例えば、この世界を構成している要素は何かということで、昔から色々考えられてきた。一番分かりやすいのは目で直接見ることができる、木とか水とか火とか土などだな。ところが科学が進んでくると、水は酸素と水素で出来ているんだということがわかってくる、やがて水素分子は原子核と一個の電子でできているということになり、さらに原子は・・・と続いてゆく。今の時点でというだけで、さらに科学が進めばもっと細かく分けてゆくことができるかもしれない。結局こういうことができる。今の科学的な理解で分解できるまでということだな。



 コンピュータの出現で事態は急変した。分解解析能力が飛躍的に向上した。しかし、はたしてそれが絵画を理解したということになるのかどうか、少々苦しくなってきた。



 ところで、物事を分解解析した理由は何だったということだな。突き詰めてゆけば、全てのものを等価値に置いて自分の意思で自由に使う権利が欲しかったのかな。



 ところで今流行のインスタレーション(設置芸術)などを、どう理解するかというと、これは昨日しゃべりながら気がついたことなんだけれど、これは時間をも分解して自由したものかもしれないな。



 



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