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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

色々だな。 - 2010.12.27(ポケットの窓から)






 

はる 3473

 いつの間にか還暦も近いこんな年になってしまったけれど、自分の中じゃまだまだという気がしている。いや、まだ入り口に差し掛かったばかりだという気がしてならない。そう、けっして冗談ではなくて、まだほとんど何も見えていない状態で、これで終わってしまったんじゃ、長々とやってきた意味がない。これから面白くなってくるように思うんだな。本当に。



 昨日の「才能は贈り物」というのもなかなか名言だな。英語の「gift」の意味が「天賦の才能」の意味もあるということなので、確かに天から与えられたもので、自分の努力で勝ち取った能力ではないのかもしれない。



 しかし、この間から書いていることと共通することかもしれないが、才能があって努力しないで、何でもすらすら出来てしまうものは、案外長続きしない。なかなか上手く行かなくてちょっとばかり努力して、何とかかじりついている人に、天は少しだけご褒美をくれるものだ。それが「味わい」とか「雰囲気」になるのかな。天賦の才能がない凡人はそこまでやらなければ一人前にはなれない。



 昨日の文章で「そうだそうだ」と思ったのは、いい作品ができた時は自分が描いたものじゃない気がするってことだな。自分が持っているもので「こんなものが描けるはずがない」といつも思うんだな。



 言い訳なんだけれど、こう集中して一心不乱に絵を描くということも一つの「あちらの世界」に行く方法だけれど、方法はそれだけじゃないような気がするんだな。例えば裸婦のクロッキーなどをしている時、頭の中は空っぽで一瞬「狐がついている」状態になる。そんな時に引いた線は常では真似ができない「いい線」が引かれている。あっ「いまいい線が引けてる」と思うともうだめなんだ。気持ちがこちらに戻っているからね。



 もう一つはぶらぶらアトリエで遊んでいて、本読んだり、時々ちらちら絵を観てるわけだ。色んな絵をちょこっとずつてをいれている。決して一つの絵に集中することはない。そんな時にぽっといい絵が描けていたりする。後から気付くんだけどね。「これいいじゃん」みたいに。



 思うに「自分の手の内だけで描いたもの」というのはまぁ安心できるし、破綻もないほどほどの出来だと思うんだな。だけど本当にいいものというのは「自分が描いたものじゃない」誰かが私を通して描かせたもののようなきがする。まぁこんな描き方なので良かったり悪かったり色々だな。



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comment(2)

 
No title 
こんばんは。よく考えることですが、ここまで続けられたということだけでも、誰かからの贈り物かもしれませんね。
 見返りを期待しないこと。ただ描くことの中にその答えがあるように思います。楽しみましょう。

No title 
絵の神様がきっといるんでしょうね。
多分個人の意思とは関係無く、絵を描かされている感じはあります。
それはDNAからかもしれないけど、
でも多分私は不器用で他に褒められないで育ったせいで絵から離れられないみたいです。
贈り物、埼玉にも降りて来てくれると良いのですが。

secret


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