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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

平均律 - 2010.12.09(ポケットの窓から)






 

はる 3455

 平均律3

 私が平均律というタイトルの絵を描いたのは1990年で91年の国展に出品している。この絵は今から考えると油彩画の私の代表作ということになるのだろうか。その後美術館に収蔵された。



 当時平均律が何であるのかその深いところを理解してタイトルをつけたわけではない。バッハの平均律クラヴィーア曲が頭にあったことは確かだけれど、この「へいきんりつ」という言葉の響きが絵のタイトルにぴったりする気がしたからにすぎない。



 生半可な理解で間違っているかもしれませんが書きます。



 一オクターブを半音ずつ区切ってゆくと全部で12音になります。その全ての調子で作曲されたのが上の平均律クラヴィーア曲だそうです。だから長調、単調あわせて24曲になります。



 そういった楽理的な話も興味がありますが、私はどちらかと言えば全ての音、調子を網羅したというところに興味を持ちます。無論世界にはもっと色々な音があって、この平均律でカバーできない音楽の方が多いのだそうだが、とりあえず西欧音楽の上では一種の宇宙をあらわしているように思える。そのことに非常に共感を覚えるし興味がある。実際にその音楽は破綻がなく見事な調和を感じさせます。



 ところで西欧のクラッシク音楽は○○短調という形で表されます。ポップスで言えばキーということになるのでしょうか。絶対音感がある人にはわかりやすいのですが、我々のような凡人にはどれも同じに聴こえます。



 で、そういった調子を無視して作曲を始めたのが印象派の作曲家たちで、よく知られているのがドビッシーとかラヴェルです。彼らの音楽は音そのものが生きていて自由にきらきらと輝いている印象派の絵画のようですね。「月の光」とか「水の戯れ」など美しいです。



 その後、12音全てを同等にすべてを同じように使うという作曲理論をうち立てたのが、現代音楽の作曲家のシェーンベルク「月に憑かれたピエロ」だ。だから彼の音楽には主題やテーマがほとんど感じられない。ドビッシーやラベルにはあった非常に情緒的な部分はきっぱりと取り落とされている。だから私などにはとっつきにくく難しい感じがするのだな。



 ところで、絵画の話に戻ると、印象派の画家たちが注目したのは色だった。光は虹の七色で出来ている。だから絵画も七色で描いて網膜上で合成すれば色はにごらないですむという訳だ。点描はよく観察すれば昔から多くの作家によってなされているのだけれど、特に色を分解して描いたのが印象派の画家たちだ。



 そこまで来ると色そのもの、それぞれの色が独立した関係で「絵画はある秩序でまとめられた色と形の集積だ」という抽象絵画の入り口は近い。冷たい抽象のモンドリアン、熱い抽象のカンデンスキーということになっている。



 さて、ここまで来て上の音楽の話と下の絵画の話が奇妙な類似点があることに気付く。音と色の違いはあるけれど、どちらも何かから自立する方向、源泉へと進んでいるように思えるところだ。



 



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