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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

金色は人類共通の憧れの色、天上の色だったのだ・TB - 2005.07.06(日記)

 イタリアのアッシジに行きたかったのは、聖人フランチェスコに会いたかったわけではなくて、そこの大聖堂にあるジョットの壁画を観たかっただけだった。住んでいた村からローカル線に乗り換えていくらかいったところに、このフランチェスコ派の聖地アッシジがある。日本の何処かの総本山のようなもので、多くの人は信仰に関係なく、やや観光地化したこの街を訪れる。

 駅を降りると遠くの丘の崖っぷちにその教会がみえる。バス停を見つけて出発をまつ。とろとろとバスはその丘をめざす。クネクネと曲がりながら、段々にその白い全容を見せていく。「いよいよか」「これがフランチェスコ教会か」という感慨の方が強かった。


 ルネサンス以前の西欧では、まだ遠近法が完全なものでなく、大切なものは大きく、背景は小さく、日本なんかと同様にプリミティブな自在な構成で、表現としては力強く強烈なインパクトを持つ壁画を生んだ。色彩においても共通点が多く、特に金箔地の背景などは、西洋と東洋を結びつける考え方だ。

 

 金色という色は絵の具にはない。(まぁ最近は特殊な色としてあることはある)ダビンチもレンブラントも金色など使わないで金の光沢を容易に出した。


 私は金色が欲しいわけではない。物質的な金属の光沢やそのざらざらした肌合いがほしいのだ。 日本画では昔から金属箔を使用した。有名な作者不明の「日月山水図屏風」は箔を使用した鎌倉時代の傑作だ。あと尾形光琳の紅梅図とか、数えれば切りがない。


 そうやって西洋にはこういった伝統はないのかなと眺めてみると、そうそうルネサンス以前のイタリアの祭壇画、たとえばシモーネ・マルティーニとかジョットの聖母、ここらあたりは黄金背景が当たり前だった。


 やっていることも画材もほとんど同じで西欧ではテンペラ画といって接着剤に卵を使った、日本はニカワをつかったそれだけの違いだ。洋の東西がぴったりと重なる。


 いずれにしろ、金色は人類共通の憧れの色、天上の色だったのだ。

 (はる 860より転載)




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