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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

作中人物になる - 2010.08.18(ポケットの窓から)






 

はる 3342

 午後からはゴロゴロと雷が鳴って今にも夕立が来そうなのに今日もまた一粒の雨も降らなかった。一雨くれば随分とすごしやすくなるのにね。



 村上春樹の1Q84を読みすすめている。二度目なんだけれど一度目はけっこう読みとばしていたのか、忘れている部分が多い。けっこう厚い本なので文庫本のようにポケットにねじ込んでと言うわけにはいかない。



 色んな話がさくそうして同時進行してゆくのだけれど、おもしろいなぁと思ったのは、主人公が物語のなかで書く話がいつの間にか現実になってなってゆくってところ。まぁそんな話ならよくあるかもしれないけれど、例えば「空気さなぎ」などという今までこの世の中に存在しなかったものを登場させる。でその形態をその話の中で克明に描くわけだ。最初それは空想のお話として語られる、だからどんな風にでも描くことが出来るわけだ。主人公のイメージ、幻想だかね。ところが、それが実際に目の前に現れてくるのだけれど、その形態は自分が描いたそのままの状態で出てくる。



 自分が描いた物語の中に自分が入り込んで行く。その物語の中を生きることになる。まぁ実際にはそんなことはありえないことなんだけれど、実はそういった感覚と言うのは特別不思議なことではないのではないかとおもうのだな。



 例えば宇宙を想像するとする。延々とどこまでも続く無限の世界だ。宇宙の果てまで行ったとする。実際は

きりはないのだけれどね。ところがその宇宙の果てを想像しているのは自分の頭の中であるわけだな。とすると宇宙は自分の頭の中にあるということになる。以前話したフラクタクルの理論だな、世界は実はそうやって出来ていると思う。



 で、もう一つ思ったのは、こうやって絵を描いてゆく方法、行き先を決めないで絵の中に自分の描きたいものを探してゆく、発見してゆく、どんどん自分の奥底まで降りてゆくそんな作業は、この話と実によく似ている。最初はなんでもない、今まで観てきたようなありきたりな物だったり物語だったりする。それが面白くないのでどんどん壊してゆくと、今まで見たことも聞いたこともないような物や物語を発見することがある。絵を描いているのは自分なんだけれど、実は絵の中に自分を見つけているんだ。ややこしいけれどどこか似ている。

 



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