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あそびべのHARU・ここだけの日々
画家・榎並和春

生き様、死に様 - 2010.08.09(ポケットの窓から)






 

  はる 3333

 おぉぞろ目の3だぜ。毎日更新して約10年かかる。悔しかったらやってみな。出来るようでできないぞ。まぁだれも褒めやしないから、自分で自分を褒めておこう。こういうほぼ毎日やるというのは、けっこう利くんだな。何がって?文章を書くにしても、楽器をやるにしても、そうそう、絵を描くことでもね。兎に角毎日やること、そうすれば何かが見えてくる。いや、見えてくることが多い。理屈じゃないんだな、色々言う前に毎日やること。そうすれば自然に取っ掛かりが見えてくる。自分の姿がおぼろに見え隠れしてくる。借り物でない自分の言葉でかけるようになるし、唄えるようになるし、描けるようになる気がする。



 昨日の続きだけれど、宮崎進の話。舞踏の亡くなった大野一雄氏などもそうだったけれど、晩年は体の自由が利かなくなって、アルツハイマーも患っていたように聞いた。ほぼかすかに動く手を動かしながら、それでも表現しようとしていた。その姿は異様で見るものを圧倒するものがあった。



 ご本人はどう感じているのだろうか、昨日の宮崎さんを見たときにも同じような神々しさを感じたな。宮崎さんは80歳ごろまで元気で元抑留されてたシベリアに行ったりした映像が放映されていた。ダンディで高名な画家という雰囲気だった。何年か前のサンパウロのビエンナーレに招待された様子もそうであった。だけど、そこにはまだ演じられた画家がいただけのように感じた。シベリアに行っても説得力はなかったな。



 あのパーキンソン病を併発してからの姿はそのものが表現者であった。ダンディでもない、おしゃれでもない、カタカタと震える指と、絶え間なく口をもごもご動かしている老いた、衰えた醜い老人の姿が、かっこいいとおもった。ご本人はどう思っているのだろう。普通元気な自分を、かっこいい自分を映して欲しいと望むでしょう。老いて醜くなった自分なんて、全国に放送して欲しくないでしょう。



 「自分の老い様をみろ」「死に様を観てくれ」「生きて老いて死んでゆくというのはこういうものだ」もっとぼろぼろになっても表現し続けるぞ!と言う声が聞こえた。人の、表現者の業なんだろうな。



  そうありたいと思う。



comment(2)

 
No title 
 いやいや、誰に向って言ったものではありません。一人ごとなので、半端なものいいをしてすみませんでした。

 今年は暑かったですが、どうでしたか?ではまた。

No title 
悔しさ を感ずるのはガンバレば出来そうだけど
出来ない ときですから とうてい出来ないものに
悔しさ は感じません ね
毎日書くというのは凄いです 読むだけだったと
しても凄いです すみません半月ぶりくらいに
やってきました 私が毎日続けられるのは
3度のめし ん~   絵は33年3ヶ月以上描いては
いるのですが 週3回がいいところ

secret


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